「傘の中の女」(横溝正史)

おどろおどろしさのない明るい異色作

「傘の中の女」(横溝正史)
(「金田一耕助の冒険」)角川文庫

金田一は静養先の海岸で
日光浴をしながら、
友人・等々力警部の到着を
待っていた。
近くに立てられた
ビーチ・パラソルからは
カップルの甘いささやきが
聞こえてくる。
しばらくして、
叫び声を聞いたような気がして
目覚めた金田一は…。

「これじゃまるで
 金田一先生のいらっしゃるところ
 必ず犯罪ありという
 みたいじゃありませんか」

作中で等々力警部が漏らした言葉が
すべてを物語っています。
なぜか金田一耕助
静養先で事件に出くわします。
これまでいくつあったやら。
本作品もそうした一作であり、
横溝正史の得意の展開が進行します。

【事件簿File-042「傘の中の女」】
〔事件発生〕
昭和32年夏(東京近郊鏡ヶ浦海岸)
〔依頼人〕
該当なし(警察への捜査協力)
金田一と等々力警部が事件発見。
〔捜査関係者〕
坂口警部補…所轄署捜査主任。
山村巡査…所轄署巡査。
等々力警部…警視庁捜査一課警部。
〔事件関係者〕
野口誠也
…キャバレーのトランペット奏者。
野口和子
…誠也の妻。キャバレーのマダム。
 ビーチパラソルの中で殺害される。
川崎慎吾
…川南商会専務。道楽者。
 和子のキャバレーの常連。
川崎早苗
…慎吾の妹。
 現場近くの別荘を借りている。
武井清子
…早苗の友人。川南商会勤務。
加藤
…川崎家に出入りしている肉屋の店員。
 ビーチパラソルから飛び出す川崎を
 目撃したと証言する。

本作品の味わいどころ①
金田一と等々力警部の不思議な親密さ

いろいろな事実
(「病院坂の首縊りの家」での
等々力警部の定年等)を総合すると、
どうやら金田一と等々力警部は
ともに同年齢と推定されます
(大正2年生まれらしい)。
いくつかの事件を
ともに解決しているのですが、
この作品での親密度の高さは特別です。
なぜなら等々力警部は休暇中、
事件は管轄外で起きていて、
二人とも余暇を楽しんでいる
最中だからです。
まるで二人の仲の良さを書きたいために
創った一篇のようですらあります。

ところで、
休暇中に事件に巻き込まれるケースは、
等々力警部よりも磯川警部との
パターンが多くなっています。
「悪魔の手毬唄」「人面瘡」
「首」「鴉」などがあります。
もっともこれらの作品の場合、
磯川警部が意図的に休暇中の金田一を
事件に巻き込んでいるのですから
たちが悪いと言えばその通りです。

本作品の味わいどころ②
おどろおどろしさのない明るい筋書き

等々力警部が休暇中の
管轄外であることや
現場がリゾート海水浴場(鏡ヶ浦)、
太陽の下で起きた
事件ということもあり、
横溝特有のおどろおどろしさは
全く感じられません。
殺人事件が起きたのだから
もっと真面目に取り組め!と
怒鳴る筋合いはありません。
こういう一篇があるからこそ、
金田一シリーズ全体が
楽しくなるのです。

本作品の味わいどころ③
犯罪者に利用される金田一とその逆襲

本作品では、犯罪者が金田一を
利用しようとしていたことが
最後に語られます。
ボンクラ男を罠にかけて
間違った証言をさせ、
アリバイをつくろうとしたのです。
実は金田一は過去にも
犯罪者に利用されかけたことがあります
(「死仮面」など)。
ホームズやポアロ、明智小五郎には
見られない傾向です(それは金田一の
さえない風貌に由来しています)。
利用されたと見せかけて裏をかき、
見事に犯罪の真相を暴き出す。
それが金田一の事件の
面白さの一つとなっています。

金田一耕助の事件簿

ところで、金田一がリゾート海岸で
遭遇した事件は、本事件のほかに
「猟奇の始末書」(白浜海岸)、
「鏡が浦の殺人」などがあります。
とくに「鏡が浦の殺人」は、
本事件と同じ鏡が浦で
起きているだけでなく、
昭和32年夏という同じ年に
起きているのです。
しかもそちらも等々力警部の
休暇中です。
「これじゃまるで
 金田一先生のいらっしゃるところ
 必ず犯罪ありという
 みたいじゃありませんか」

との等々力警部の言葉ですが、
これでは金田一と等々力警部の
どちらが事件を呼び寄せているのか
わかりません。
そして、同じ年の夏に
二度も殺人事件が起きたなら、
鏡が浦はもはやリゾートビーチではなく
殺人海岸と呼ばれても
おかしくありません。

それはともかく、
「○○の中の女」という表題で統一された
短編集「金田一耕助の冒険」の
第4作に当たる本作品、
金田一ものの中では
異彩を放つ逸品です。
ぜひご賞味あれ。

(2018.1.1)

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(2024.8.7)

〔「金田一耕助の冒険」〕
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赤の中の女

〔追記〕
2022年6月、
ついに本書が復刊となりました。
昭和51年に文庫初版が刊行された後、
昭和54年には二分冊、
それも杉本一文装丁ではなくなり、
大変残念な気持ちでいました。
復刊というよりは、今回40数年ぶりの
杉本一文装丁画の復活が
喜ばしいことです。
新版はデザインが
マイナー・チェンジしています。

「金田一耕助の冒険」令和新版
「金田一耕助の冒険」昭和時代の表紙

(2022.6.16)

〔横溝正史:金田一耕助の事件簿〕

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