コミカルに描かれる、昭和初期の夫婦の姿
「夫婦書簡文」(横溝正史)
(「山名耕作の不思議な生活」)
角川文庫
(「横溝正史ミステリ
短編コレクション①」)柏書房
女流作家の阿部緋紗子は、
良人の謙吉が
あまりに意気地がないので、
すっかり嫌になってしまった。
成る程目下のところ彼には
何一つこれという収入もなく、
いわば彼女の原稿稼ぎで
生活しているようなものだから、
幾分控え目に…。
「夫が控え目な性格で物足りない」
「女房を尻に敷く亭主がいい」などと
考える女性は、現代では少数派
(もしかしたら皆無?)でしょう。
しかし本作品が書かれた昭和2年では、
なよなよしい夫では
いけなかったのでしょう。
横溝正史の初期コント作品
「夫婦書簡文」には、そんな夫婦の姿が
コミカルに描かれています。
〔主要登場人物〕
阿部緋紗子
…女流作家。原稿料で夫を養う。
阿部謙吉
…緋紗子の夫。元作家。
緋紗子の原稿の清書を担当。
本作品の味わいどころ①
弱い亭主の謙吉、草食男子の先駆けか
とにかく下手に出る亭主・謙吉です。
無収入で妻に頭が上がらないのか、
妻のヒステリーが怖いのか、
無益な衝突を避けようとしているのか、
それとも元々そういう性格なのか、
あるいはそのすべてなのか?
謙吉は優しすぎるのです。
もっとも現代ではそのような男子は
星の数ほどいるでしょう。
いわゆる草食系男子です。
時代を大きく先駆けた
草食系男子・謙吉の弱い亭主ぶりを、
まずはじっくり味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
気持ちを手紙で、LINEの先駆けか
その弱い謙吉が、自分の気持ちを
妻に伝えるためにとった手段が「手紙」。
緋紗子も負けじと
「手紙」で返事をしたためます。
現代なら当然
LINEを使うのでしょうか
(一対一だからメールの方がいいのか)。
とはいえ、
書いた手紙が自宅に届くまで、
郵便なら一日二日はかかるでしょう。
その間、この夫婦は
どうやって過ごしていたのか?
そんな姿を考えるだけでも
十分に楽しめます。
口ではなく、
気持ちを文字で相手に伝える。
時代を大きく先駆けた
謙吉・緋紗子夫婦のやりとりを、
次にしっかり味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
最後にめでたし、なりすましの先駆けか
業を煮やした緋紗子は、
その夫婦間の手紙のやりとりを
「夫婦書簡文」という短篇にまとめ、
その結末を、
「妻の家出による夫婦関係の解消」という
筋書きでまとめました。
それを謙吉に清書させることによって、
自分の覚悟を伝えようとしたのです。
さてその結果は?
意外な結末を迎えますが、
夫婦間の亀裂は解消され、
また謙吉の作家としての手腕も
発揮されるという
「めでたしめでたし」の幕切れを
迎えるのです。
詳しくは読んで
確かめていただきたいのですが、
一言でいえば「なりすまし」です。
時代を大きく先駆けた
夫婦作家の「なりすまし」の顛末を、
最後にたっぷりと味わいましょう。
さて、ふと考えてみると、
郵便による手紙のやりとりは、
到着するまでの時間があるから
いいのかも知れません。
LINEやメールのように
瞬時に伝わってしまうと、
冷静にやりとりすることなど
できないのかも知れません。
どれ、私も一つ、不機嫌な女房に
手紙でも書いてみましょうか。
(2018.1.5)
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(2024.11.27)
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