「悪魔の降誕祭」(横溝正史)

ボリューム・アップ、そしてヴァージョン・アップ

「悪魔の降誕祭」(横溝正史)
(「悪魔の降誕祭」)角川文庫

金田一に電話で
不安を訴えた女性は、
留守中の金田一の部屋で
殺害された。
女性は殺人事件が起こることを
予感していたらしい。
部屋の中の日めくりが
なぜか五枚もぎ取られて
十二月二十五日が現れていた。
クリスマスの夜、事件が…。

前回取り上げた横溝正史
「悪魔の降誕祭(原形版)」
こちらは完成版です。
改稿癖のある横溝は、
本作品についても
昭和33年(1958年)1月に原形版を
雑誌掲載、
そのわずか半年後の同年7月、
約三倍に増量させた完成版である
本作品を単行本収録しているのです。
三倍にボリュームアップした分、
作品の質も三倍以上の
ヴァージョンアップが図られています。

〔原形作品「悪魔の降誕祭」〕

「悪魔の降誕祭(原形版)」

【事件簿File-057「悪魔の降誕祭」】
〔依頼人〕
小山順子(志賀葉子)
…ジャズシンガー・関口たまきの
 マネージャー
※相談のために金田一のアパートを
 訪問、依頼前に殺害されている。
〔捜査関係者〕
島田警部補…緑ヶ丘署捜査主任。
山口刑事新井刑事北川刑事
…緑ヶ丘署刑事。
佐々木医師
…緑ヶ丘病院医師。検死を担当。
久米警部補
…第二の事件の所轄署捜査主任。
坂上刑事
…第二の事件の所轄署刑事。
等々力警部…警視庁捜査一課警部。
〔事件関係者〕
関口たまき(本名:服部キヨ子)
…ジャズシンガー。志賀葉子が
 マネージャーを務めていた。
服部徹也
…たまきの夫。銀座のバーの経営者。
服部可奈子
…徹也の先妻。故人。
 離婚調停中に服毒自殺。
服部由紀子
…徹也と可奈子の娘。たまきの継娘。
関口梅子
…たまきの伯母。
道明寺修二
…若手ピアニスト。
 たまきとの仲が怪しい。
柚木繁子
…未亡人。在米中から道明寺と懇意。
浜田とよ子…たまきの弟子兼女中。
山崎…金田一の住む「緑ヶ丘荘」管理人。
山崎よし江…山崎の妻。
〔事件発生〕
昭和32年12月(東京)
〔事件の概略〕
第一の事件:
12月20日:緑ヶ丘・金田一の部屋

・金田一に小山順子なる女性から電話
・帰宅した金田一、
 部屋の中に女性の死体を発見。
 被害者は志賀葉子。
・部屋のカレンダーがめくり取られ、
 12月25日の日付となっていた。
第二の事件:
12月25日:西荻窪:関口邸

・パーティの最中、服部徹也刺殺。
・たまき、犯行を自供、
 警察はそれを信用せず。
第三の事件:
昭和33年1月下旬:西荻窪:関口邸

・たまきと修二、婚約披露宴の席上、
 真犯人、服毒自殺。

本作品の味わいどころ①
Version-up!ミステリの「本格度」UP!

原形版では
登場人物一人一人の存在感が薄く、
意外性のある犯人ではあるものの、
消去法で考えると結末以前に
わかってしまう可能性がありました。
完成版は違います。
横溝得意の「みんなが怪しい」設定に
なっているのです。
関口梅子は、
原形版ではほとんど存在感が
なかったのですが、完成版では、
取り調べの最中に
捜査陣をたしなめるような言動をする、
一本筋の通った気丈な老婦人へと
役割が強化されています。
柚木繁子には一層の図太さが加わり、
一筋縄ではいかない
したたかな女性となっています。
関口たまきも言動が二転三転し、
怪しさを増しています。
道明寺修二もたまきとの関係が
明確に描かれ、殺人犯としての動機は
十分となっています。
服部由紀子の取り調べも
しっかりと描かれ、
怪しい人物の一人として
クローズアップされるように
なっているのです。
殺された人間以外の誰もが怪しい、
これこそ横溝ミステリの
醍醐味なのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
Version-up!綻び修正、「完璧度」UP!

原形版では十分に描かれなかった
第一の事件でのようすについて
かなり説明が加えられています。
前回指摘した疑問点も
しっかりと解消されています。
第二の殺人についても改変が加えられ、
状況は克明にわかるように、
しかし犯人が誰であるか
わからないように、
細かな改善がなされているのです。
また、お互いに対する感情も
より緻密に描かれ、人間ドラマとしても
厚みを増しています。
そうしたことの積み重ねにより、
作品の完成度は
一段と高くなっているのです。
読み手を翻弄していく
作品構成の緻密さ、
これこそ横溝ミステリの
独壇場なのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
Version-up!意外な犯人「悪魔度」UP!

さらに、
原形版では第二の殺人が起きた
その日の取り調べの最中に
事件は解決するのですが、
完成版での事件解決はその一ヶ月後、
第三の殺人を阻止する形で
解決が図られるのです。
犯人はさらなる殺人を企てていた!
つまり、犯人の「悪魔度」も
格段にアップしているのです。
これならなるほど
「悪魔の」降誕祭となるのでしょう。
怪しい行動をしている人物が
犯人ではなく、
犯人に見えない人物が
実は残忍な殺人者だった、
これこそ横溝ミステリの
真骨頂なのです。
たっぷりと味わいましょう。

おそらくは雑誌社の要請で、
その分量と締め切りに間に合わせて
原形版を書き上げ、
その後ゆっくりと完成版を仕上げて
単行本化したのではないかと
思われます
(他の作品を見てもそうなのですが)。
そういう意味では、
横溝はまさに「職人芸」とでもいうような
器用さを持っています。
それでいて完成版では
「芸術家魂」のようなものを
見せつけているのです。
「職人」でもあり「芸術家」でもある。
それが横溝正史という作家なのです。
「原形版」と「完成版」、
「悪魔の降誕祭」両者を、
ぜひご賞味ください。

(2018.1.10)

〔「悪魔の降誕祭」角川文庫〕
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