「紅色ダイヤ」(小酒井不木)

乱歩「少年探偵団」を先取りした時代の先駆性

「紅色ダイヤ」(小酒井不木)
(「小酒井不木探偵小説選」)論創社

少年科学探偵・塚原俊夫のもとに
窃盗事件の予告状が届く。
その予告通り、
俊夫の叔父の邸宅から
高価な紅色ダイヤが
盗み出される。
金庫にはダイヤの代わりに
暗号文が秘された
新聞の切り抜きがあった。
俊夫は一人で探偵を試みる…。

大正期から昭和戦前にかけての
探偵小説作家といえば
江戸川乱歩横溝正史
両横綱といった存在ですが、
大関・関脇クラスの一人といえば、
この小酒井不木でしょう。
科学的知見に基づいた
ホラー要素のある作品を
多数残しましたが、
実はジュヴナイルも手がけています。
その名も「少年科学探偵」。
その第一作となるのが本作品です。

〔主要登場人物〕
塚原俊夫

…十二歳。少年科学探偵。
 すでに多くの自然科学の学識を
 独学で収めている天才児。
「私」(大野)
…俊夫の助手。柔道三段。
「叔父さん」
…俊夫の叔父。探偵小説マニア。
青木…塚原家の書生。

本作品の味わいどころ①
塚原俊夫少年のいびつな性格

いきなり「塚原俊夫少年の
いびつな性格」をとりあげるのは
どうかとも思いましたが、
これが本作品の重要な点です。
彼の性格のどこがどう「いびつ」なのか?
読めば即座にわかります。
大人を大人と思っていないのです。

語り手として登場する「私」は、
俊夫少年の「助手」として
雇われているのですが、
柔道三段という腕前を考えると、
大学生か大卒者かどちらかでしょう。
そうした大人に対して俊夫少年は常に
「何と書いてあるか分かるか?」
命令口調なのです。さらには
「馬鹿だな、兄さんは!」などと
叱りつける始末。そのあとには
「ちと、頭を働かせてごらんなさい。
 それくらいのことは
 僕が言わないでも分かるはずだよ。
 さあ、この切り抜きをあげるから、
 本郷なりどこへなり、
 早く行ってきてください…」

大人をなめきっています。

平成の現代であっても
大きな違和感を抱いてしまうのですが、
本作品発表は今からほぼ百年前の
大正13年(1924年)。
年端もいかない子どもが大人に
ぞんざいな口をきいたりすることなど
許されなかったはずです。
当時、俊夫少年の存在感は、
かなり強いインパクトがあったと
考えられます。
子どもたちはさぞかし
俊夫少年の言動と活躍に
熱中したのではないでしょうか。

考えてみれば、
シャーロック・ホームズ
頭脳が優秀であるとともに
厭味な性格も強烈です。
塚原俊夫像がホームズを
模したものであるなら、
この性格もうなずけます。
この塚原俊夫少年のいびつな性格こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
捜査に科学を導入した先進性

本作品の、というよりも
小酒井不木作品の特徴の一つは、
探偵小説に科学的知見を
盛り込んでいるところでしょう。
大人向け作品は、
そうした科学的知見が
ホラー的要素の方に
作用しているのですが、
ジュヴナイル作品は探偵の捜査に
それが活用されているのです。
本作品でも俊夫少年は
指紋の検出を行い、
犯人特定に役立てているのです。

現代であれば指紋照合など
犯罪捜査において当たり前なのですが、
日本においてそれが採用されたのは
明治41年(1908年)。それから
十年以上が経過しているとはいえ、
大正期はまだ
自白偏重の取り調べが行われ、
科学捜査など
普及してはいなかったはずです。
小酒井不木の先見性には
恐るべきものがあります。
この俊夫少年の行う
当時最先端の科学捜査こそ、本作品の
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

なお、小酒井不木にとって
小説執筆は余技であり、
本業は医学博士なのですから
当然といえば当然です。
しかも本作品の雑誌掲載は
「少年の科学」。納得です。

本作品の味わいどころ③
あの乱歩を先駆ける少年探偵

ところで少年の探偵といえば、
連想するのは乱歩の「少年探偵団」
昭和11年発表の「怪人二十面相」にて、
小林少年率いる少年探偵団が
華々しくデビューするのです。
ところがそれに十二年も先駆けて
本作品が編まれているのです。
乱歩と異なり、
不木の少年探偵は「ソロ活動」です。
しかしその活躍は
少年探偵団の比ではありません。

超天才児・俊夫少年の明晰な頭脳は
明智小五郎を凌駕し、
彼の用いる科学捜査は
少年探偵団の機動力と
BDアイテムに匹敵し、
彼の年齢は小林少年よりも若いのです。
俊夫少年は、
明智小五郎・小林少年・少年探偵団を
ワンパッケージにしたような
存在なのです。
この、江戸川乱歩「少年探偵団」を
先取りした時代の先駆性こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

さて、作者・小酒井不木ですが、
医者の不養生というわけでは
ないのでしょうが、
本作品発表の五年後の1929年、
急性肺炎で39歳という若さで
急逝しています。
不木にもっと作品執筆の時間が
与えられていたら、
乱歩や横溝以上の日本ミステリ界の
巨星となっていたはずです。
事実、乱歩は不木から「二銭銅貨」を
推薦してもらうことにより
作家デビューを果たし、
駆け出しの横溝もまた
不木を大先輩として慕っていました。
日本ミステリの大河の源流に、
小酒井不木が位置していることは
間違いありません。
本作品も子ども向けなどと
侮ってはいけない作品です。
ぜひご賞味ください。

(2018.1.11)

〔青空文庫〕
「紅色ダイヤ」(小酒井不木)

〔「小酒井不木探偵小説選」〕
紅色ダイヤ
闇夜の格闘
髭の謎
頭蓋骨の秘密
白痴の知恵
紫外線
塵埃は語る
玉振時計の秘密
現場の写真
自殺か他殺か
深夜の電話
墓地の殺人
不思議の煙
空中殺人団 ローセンハイン作
科学的研究と探偵小説
「少年科学探偵」序
「小酒井不木集」はしがき
 解題 横井司

〔関連記事:小酒井不木作品〕

「痴人の復讐」「血の盃」
「恋愛曲線」
「犬神」

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「怪人二十面相」
「少年探偵団」
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