
いきなりお手柄の豆六、兄貴風を吹かす辰。
「蛍屋敷」(横溝正史)
(「定本 人形佐七捕物帳一」)
春陽堂書店
辰と豆六が見つけた葛籠には、
無数の蛍とともに包まれた
女の死体が。
その女・お俊を妾としていた
和泉屋の旦那・京造は、
前年に起きた隠居殺しの
疑いをかけられていた。
そしてお俊が囲われていた屋敷は
殺された隠居の住まいだった…。
新しく仲間に加わった豆六に、
先輩・辰が偉そうに説教を垂れている
場面からはじまる本作品、
池に投げ捨てられた葛籠から、
二人が女の死体を発見することから
事件ははじまります。
横溝正史の人形佐七捕物帳第十八話
「蛍屋敷」です。
【捕物帳〇一八「蛍屋敷」】
〔主要登場人物〕
和泉屋京造
…生薬屋和泉屋の旦那。
先代の喜兵衛の甥にあたる。
お源
…先代喜兵衛の妻。隠居していたが、
何者かに殺害された。
金兵衛
…和泉屋の番頭。
しっかり者との評判あり。
お俊
…京造の妾。夥しい蛍とともに
蚊帳に包まれた死体で見つかる。
お源の殺された屋敷に囲われていた。
彦三郎
…お源殺しの下手人として断罪された。
お町
…お俊の屋敷から立ち去った謎の女。
京造を殺害しようとした。
伝吉…下谷を縄張りとする御用聞き。
辰・豆六…佐七の乾分。
お粂…佐七の女房。元吉原の花魁。
佐七…人形佐七と呼ばれる御用聞き。
〔事件の概要〕
⑴一年前の事件
・和泉屋の隠居・お源が殺害される。
・下手人として京造捕縛。
店の金を使い込んでいた可能性あり。
・新たに彦三郎が下手人として捕縛。
五〇両の大金を持っていたのが証拠。
罪一等減じられて島流しへ。
⑵今回の事件
・辰・豆六がお俊の死体発見。
・豆六、お俊の屋敷から
立ち去る女を尾行。
・二日後、豆六の伝文、佐七に届く。
・佐七が駆けつけた船宿で、
お町が京造に刃傷。
・佐七が京造・お町をお俊の屋敷へ移送、
そこで真の下手人発見。事件解明。
本作品の味わいどころ①
豆六初登場、いきなりお手柄
本作品は何と
佐七の乾分の一人である豆六の
デビュー作となります。
通称「うらなりの豆六」。
ところがその紹介のされ方は散々です。
「細く、長く、のっぺりと黄色い顔は、
うらなりの糸瓜そっくり」
「目尻が下がって、口もとがだらしなく」
「いつも涎の垂れそうな
口のききようがとんと、馬鹿か悧巧か
わからないしろもの」など、
間抜け顔が目に浮かんできます。
ところが
お俊の死体を見張っている最中に
木戸番の親爺から聞きつけた
屋敷へ直行、
そこから立ち去る女を二日間、
飲まず食わずで尾行し、
事件の真の解決へとつなげる
大活躍を見せるのです。
ぼんやりした見かけとは異なり、
機転の利く行動力に満ちた若者像として
描かれているのです。
この、初々しいまでの初登場・豆六の、
いきなりのお手柄こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
もっとも、
第十八話の本作以前の作品も、
後年改稿が施されて
豆六が登場している関係上、
本書「人形佐七捕物帳第一巻」の
第六話にはすでに登場しているのです。
「なぜ今頃初登場?前話まで
すでに登場しているのに」という
「いまさら感」を感じてしまうのですが、
それは致し方ありません。
本作品の味わいどころ②
兄貴風を吹かす辰、でも活躍
豆六が初登場、したがって
辰はようやく先輩となるのです。
作品冒頭は兄貴風を吹かす
辰の姿が描かれています。
木戸番の親爺からは豆六と比べられて
「あれでこちらの兄さんより、
よほど体が動くようでございますね」
などと揶揄される始末。
いいところなしで
終わるのかと思いきや、
最後はしっかりと活躍します。
この、兄貴風を吹かしたあとで
何とか帳尻を合わせているような
辰の仕事ぶりこそ、本作品の
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
隠れていた意外な事実の判明
前半部だけを読み終えると、
一年前の隠居殺しの下手人は
京造以外には考えられないのですが、
読み進めると
意外な事実が隠されていたことが
明らかになるのです。
そしてやはり
佐七の人情味ある対処の末、
罪人は相応の最期を遂げ、
関係者はみな最善の結果へと
導かれるのです。
やはり横溝の筋書きは絶妙です。
怪しいと思われる人物は実は善人、
怪しく感じられない人物の中に
真犯人がいる。
胸にストンと落ちてくる作品構成です。
この、判明する意外な事実と
佐七の人情味溢れる処置のしかたこそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
何はともあれ、
これで佐七一家の四人すべてが
揃ったことになるのです。
まだまだ全百八十話の中の第十八話。
人形佐七捕物帳はまだまだ続きます。
傑作ぞろいの中の逸品「蛍屋敷」を、
ぜひご賞味ください。
(2018.1.12)
〔「完本 人形佐七捕物帳一」〕
羽子板娘
謎坊主
歎きの遊女
山雀供養
山形屋騒動
非人の仇討
三本の矢
犬娘
幽霊山伏
屠蘇機嫌女夫捕物
仮面の若殿
座頭の鈴
花見の仮面
音羽の猫
二枚短冊
離魂病
名月一夜狂言
螢屋敷
黒蝶呪縛
稚児地蔵


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