
裏向き地蔵は怪談か?事件の始まりは「謎」だらけ
「稚児地蔵」(横溝正史)
(「定本 人形佐七捕物帳一」)
春陽堂書店
内藤伊賀守の下屋敷附近にある
子育て地蔵が
夜な夜な後ろを向くという
奇っ怪な事件が続く。
佐七が下屋敷の主・お艶から
事情を聞くと、
地蔵が後ろ向きになった
夜に限って、屋敷に
押し込みが入るのだという。
佐七がその謎を解くが…。
江戸の町で、
大人二三人がかりでようやく動かせる
お地蔵様が夜な夜な後ろを向く。
これは怪談か!
いやいや、
横溝正史の人形佐七捕物帳です。
奇っ怪なことが相次ぐ事件なのですが、
実はお家騒動が絡んでいたのです。
佐七はどう動くのか?
【捕物帳〇二〇「稚児地蔵」】
〔主要登場人物〕
内藤伊賀守
…内藤家の当主。
内藤大学
…伊賀守の舎弟。
伊賀守に子がいなかったため、
一時、世嗣と決められる。
鵜殿頼母
…内藤家国家老。大学の後見人。
鵜殿源八郎
…頼母の嫡男。与力・神崎甚五郎の朋友。
お艶
…内藤伊賀守の愛妾。下屋敷の主。
菊千代
…お艶が産んだ伊賀守の嫡男。
斑鳩玄蕃
…内藤家江戸家老。
菊千代を後押しする。実は菊千代は
玄蕃とお艶の間にできた子。
鳴神為右衛門
…下屋敷用心棒。正体は鵜殿方の密偵。
前島、後藤、井上
…玄蕃とお艶の密通の証拠を
探るために浪人の上、隠密行動。
桐十郎
…猿回しの男。
裏向き地蔵の前で斬り殺されていた。
お力
…桐十郎の娘。お艶にそっくりな容貌。
清七
…のちに佐七の情報源となる
髪結い床「海老床」の亭主。
重さん、源さん
…海老床の常連客。
惣兵衛
…飯屋「いたち屋」の亭主。重さんの兄。
神崎甚五郎…八丁堀の与力。
辰・豆六…佐七の乾分。
お粂…佐七の女房。元吉原の花魁。
佐七…人形佐七と呼ばれる御用聞き。
〔事件の概要〕
⑴裏向き地蔵の前で桐十郎の遺体発見。
なぜか地蔵は桐十郎による
稚児の化粧が施されてあった。
⑵お艶が佐七を呼び寄せる。
地蔵が裏向きになった夜、
押し込みが入ることを打ち明ける。
押し込みは何かを探している
様子とのこと。
⑶下屋敷の侍が地蔵を裏向きにする。
その夜、前島、後藤、井上の三人が
下屋敷に侵入、待ち伏せしていた
武家集団に斬殺される。
⑷下屋敷配下の侍、お力の誘拐を図る。
辰がお力とともに脱出。
佐七が駆けつけ、保護。
⑸事件解決。
本作品の味わいどころ①
事件の始まりは「謎」だらけ
大きな重量の子育て地蔵が
後ろ向きになる、その晩には
武家下屋敷に押し込みが侵入する、
その押し込みは何かを探している、
家人には乱暴をしない上に
金子も盗まない、ついには
子育て地蔵の前で人殺しが起きる、
そのとき地蔵には
稚児化粧が施されていた、
下屋敷のお艶は何かを隠している、
殺された男の娘とお艶は
そっくりな顔立ちだった…。
筋書きの前半は、
このように謎だらけなのです。
いったい地蔵前の人殺しの真相は
どこにあるのか?
冒頭部分でこれだけ一気に
「謎」を開示した作品も珍しいでしょう。
読み手にはまったくそれらの事象の
関連はわかりません。
一連の「謎」はどう解き明かされるのか?
読み手はワクワクしながら
読み進めることになるのです。
この、事件の始まりに一気に展開する
「謎」の数々こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
一転してお家騒動、人殺し
ところが、
佐七がその裏向き地蔵の意味を解明し、
お艶に告げたところから
事件は大きく動き出すのです。
神崎甚五郎のもとを訪れていたのは
内藤家国家老の嫡男・鵜殿源八郎。
彼の口から藩で起きているお家騒動が
明かされます。
続いて起きる浪人三名の惨殺。
筋書きは急展開を見せるのです。
この、一転して
お家騒動とそれによる浪士斬殺へと
急変する筋書きこそ、本作品の
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
ただしここまで読むと、
佐七の謎解きが、結果として
内藤家家臣四名の命を奪うことになり、
佐七はもちろん、
読み手もまた苦々しい気持ちを
抱えることになるのです。
それもまた一つの味わいです。
本作品の味わいどころ③
最後は捕り物、そして人情
終盤へとなだれ込むと、
あとは捕り物と人情物語、
いつものパターンへと落ちつきます。
捕り物は身を挺してお力を守る辰、
間一髪で駆けつける佐七、
そして抜刀して威嚇する鵜殿源八郎、
さらには殺された桐十郎の飼い猿が
大立ち回りを演じます。
そして佐七はすべての謎を解き明かし、
事件は解決、悪者は一掃されます。
それだけでは終わりません。
父親を殺されたお力にまつわる
人情噺が盛り込まれ、
物語は幕を閉じるのです。
この、
最後は捕り物と人情噺で締めくくる、
捕物帳の王道を行く展開こそ、
本作品の第三の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
お家騒動となると、本来、
町人である十手持ちの
出る幕はありません。
横溝はそうした武家が絡む
事件であっても、
うまく佐七の活躍場面を創り上げます。
それが全百八十話にも上る、
佐七捕物帳の筋書きの豊富さに
つながっているのです。
人形佐七捕物帳、
じっくりと愉しみましょう。
(2018.1.13)
〔「完本 人形佐七捕物帳一」〕
羽子板娘
謎坊主
歎きの遊女
山雀供養
山形屋騒動
非人の仇討
三本の矢
犬娘
幽霊山伏
屠蘇機嫌女夫捕物
仮面の若殿
座頭の鈴
花見の仮面
音羽の猫
二枚短冊
離魂病
名月一夜狂言
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黒蝶呪縛
稚児地蔵
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