
横溝初の長篇探偵小説、名探偵・都築欣哉登場
「芙蓉屋敷の秘密」(横溝正史)
(「芙蓉屋敷の秘密」)角川文庫
(「横溝正史ミステリ
短篇コレクション⑤」)柏書房
警邏中の巡査が
不審な男に襲撃される。
意識を取り戻した巡査は、
付近の芙蓉屋敷に
異変が起きたことを感じ取る。
中に踏み込んだ彼は、
屋敷の主人・白鳥芙蓉が
鮮血の中に倒れているのを
発見する。
だが何者かが扉を閉め
鍵をかける…。
横溝正史の初期の作品です。
昭和期の角川文庫の版組で
140頁足らず。
今の基準では中篇作品ですが、
発表時の1930年(昭和5年)では
堂々の長篇小説扱いです。
実は本作品、横溝の長篇第一作となる
探偵小説なのです。
〔主要登場人物〕
「私」(那珂省造)
…語り手。探偵小説作家。
都築欣哉
…「私」の友人。芙蓉屋敷での
事件の捜査に「私」を連れ込む。
白鳥芙蓉
…元女優。芙蓉屋敷の主。
男の出入りが激しいものの、
パトロンが誰か不明。殺害される。
千種すみ
…芙蓉屋敷の女中
(芙蓉の話し相手的存在)。
遠山静江
…事件の当夜から
行方不明となっている若い女性。
遠山梧郎
…静江の父親。大学教授。
山部時彦
…遠山家の書生の青年。
静江の行方を捜す。
服部清二
…芙蓉と静江から惚れられる。
藤田大五郎
…事件当夜、芙蓉屋敷の近所で
蕎麦屋を開いていた男。
軽部謙吉
…農林水産省の官吏。事件当夜、
倒れている巡査を介抱し、
芙蓉屋敷探索に同行する。
篠山比左雄
…担当検事。これまでもたびたび
難事件を都築に持ちかけている。
塚越巡査
…所轄署巡査。警邏中、
現場近くでダイヤモンドを拾う。
新井巡査
…所轄署巡査。警邏中、襲撃を受ける。
その後、芙蓉屋敷にて
白鳥芙蓉の死体発見。
江口新三郎…所轄署捜査課長。
波川鑑識課長…所轄署監察課長。
〔事件の概要〕
①警邏中の堀越巡査、
ダイヤモンドを拾得。
②警邏中の新井巡査、
不審者を職質中、襲撃され気絶。
③直後に通りかかった軽部謙吉に
新井巡査、助けられる。
④芙蓉屋敷の異変を察知、新井巡査、
軽部を伴い屋敷へ踏み込む。
芙蓉の死体発見。
⑤屋敷二階の現場の部屋に
二人が閉じ込められる。
⑥軽部が窓からいったん脱出、
鍵を外す。
⑦警察による現場検証。
⑧都築と「私」、現場に同行。捜査開始。
⑨事件解決。
本作品の味わいどころ①
意図的に複雑化された事件
本作執筆時、横溝はまだ28歳。
雑誌「文芸倶楽部」の編集長と
作家の二足草鞋をこなす
血気盛んな青年時代です。
いよいよ長篇本格探偵小説を
書くぞという意気込みが
そのまま表れたような
作品となっています。
とにかく意図的に
事件を複雑化させているのです。
現場は犯人によって
相当荒らされていたが、
金目のものは盗まれていない。
現場には死体を発見した新井巡査を
「殴り倒した男」と、
発見直後に現場の扉を閉めて巡査を
「閉じ込めた男」の二人が存在した。
芙蓉の死因は刃物による刺殺だが、
別の部屋には
毒入りのウイスキーがあった。
犯人のものと思われる帽子は
死体発見当初、階段下にあったが、
その後、玄関に放置されていた。
現場近くの路上に芙蓉の所持していた
ダイヤモンドが転がっていたが、
それは芙蓉殺害時刻より
以前のことらしい。
等々、練りに練って真犯人を
カムフラージュしているのです。
この、意図的に複雑化された
事件の構成こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
当時流行犯人当て懸賞小説
なぜそのように
複雑化させる必要があったのか?
実は本作品、当時流行していた
「犯人当て懸賞小説」として
書かれたものだからなのです。
真犯人の起こした「事件」そのものは
いたって単純でありながら、
芙蓉の周辺に関わってしまった人物が、
偶然や誤解などさまざまな理由によって
意図的もしくは意図せず
隠蔽工作に加担する
結果となっているのです。
これは「犬神家の一族」など、
横溝の後の作品にも
数多く見られる手法です。
この、当時流行した、
犯人宛懸賞小説としての人物設定こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
なお、この懸賞ですが、
外国人作家の作品とともに発表され、
二作両方の犯人をあてなければ
正解とならないという、
なかなかにハードルの高いものでした。
柏書房版では、第三章と第四章の間に、
犯人当て懸賞応募募集の
文面が掲載されています。
また角川文庫版解説には、
正解者が5名だけだったことが
記されています。
ちなみに一等賞金は百円。
昭和5年当時、ラーメン一杯の
平均的な値段が10銭(0.1円)、
その1000倍の額です。
かなりの高額であることが
うかがえます。
本作品の味わいどころ③
都築欣哉探偵の明晰な推理
本格探偵小説には名探偵が必要です。
本作品に登場する名探偵は都築欣哉。
冴え渡る推理と素早い捜査で
事件を見事に解決します。
詳しくはぜひ読んで確かめてください。

この、名探偵・都築欣哉の
明晰な推理こそ、本作品の第三の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
ところで昭和5年まで、
横溝はいくつかの作品を
書き上げたのですが、
探偵らしい探偵が登場した作品は
意外と少ないのです。
デビュー作「恐ろしき四月馬鹿」
(大正10年)とその翌年発表の
「化学教室の怪火」の
学生探偵・速水健二のほかは、
大正14年の「画室の犯罪」で
西野健二が登場した程度です。
しかも速水は二作、
西野もその一作限りで
シリーズ化されていません。
本作品の都築欣哉もこのあとは
登場の機会を与えられませんでした。
この三名の横溝初期探偵に共通するのは
「明晰な頭脳」の
持ち主であるということです。
デュパンやホームズ、
そして明智小五郎へと
受け継がれた切れ者探偵像は、
横溝にとってしっくり
こなかったのかもしれません。
その後、昭和10年に「獣人」で
デビューした由利麟太郎は、
切れ者ではあるものの、
それを前面には出していません。
そして戦後の金田一耕助は、
切れ者らしい風貌を
一切持ち合わせないという独特の
スタイルを与えられているのです。
横溝にとって本作品自体が
「実験作」であるとともに、
その探偵像もまた
「プロト・タイプ」ということに
なるのでしょう。
なお、本作品には
もう一つ隠れた魅力があります。
角川文庫版・柏書房版では
割愛されているのですが、
本作品が雑誌「新青年」に
連載された当初、
その挿絵を担当したのが幻想的画風で
知られる竹中英太郎なのです。
竹中のデビューは、
「新青年」の江戸川乱歩「陰獣」への
挿絵とされていたのですが、
実は本作の原形作品である
「桐屋敷の殺人事件」の挿絵担当が
本当の処女作であることが
知られています。
当時、「新青年」編集長だった横溝が、
自身の作品を持って
竹中の腕試しをしたらしいのです。
それが実って竹中は無事、
乱歩「陰獣」挿絵でデビュー、
以降、伝説の挿絵作家として
名を残すのです。
なお、「桐屋敷の殺人事件」は
川崎七郎名義で連載、
二回をもって中絶、
幻の作品となっていましたが、
2016年、皓星社から刊行された
「挿絵叢書 竹中英太郎(二)」に、
本作品の挿絵十数点とともに
収録されています。
横溝正史の隠れた逸品
「芙蓉屋敷の秘密」を、
ぜひご賞味ください。
(2018.1.13)
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(2025.10.9)
〔「芙蓉屋敷の秘密」〕
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女王蜂
死の部屋
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〔「挿絵叢書 竹中英太郎(二)」〕
序 浜田雄介
桐屋敷の殺人事件 横溝正史
火を吹く息 大泉黒石
渦巻 江戸川乱歩
青蛇の帯皮 森下雨村
芙蓉屋敷の秘密 横溝正史
魔人 大下宇陀児
地獄風景 江戸川乱歩
箪笥の中の囚人 橋本五郎
赤外線男 海野十三
R燈台の悲劇 大下宇陀児
名探偵と「初出誌からわかること」
末永昭二
※「芙蓉屋敷の秘密」「魔人」「地獄風景」
「赤外線男」の四作品は挿絵のみ収録
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