「桐屋敷の殺人事件」(横溝正史)

作品と連動する竹中英太郎の幻のデビュー挿画

「桐屋敷の殺人事件」(横溝正史)
(「挿絵叢書 竹中英太郎(二)」)皓星社

新井巡査は
ふと一件の西洋館の前に
立ち止まると、
そこの軒灯の灯影で
腕時計を眺めた。
十一時二十五分。
規定の時間までには
まだ十五、六分ある。
彼はまたピシャリピシャリと
長靴で泥を跳ね上げながら
歩き始めた。その時である…。

「桐屋敷の殺人事件」。
そんな作品、横溝正史にあったっけ?
実は発表当時、川崎七郎という
ペンネームで雑誌発表されたため、
長らく横溝のものであることが
知られないままだった作品なのです。
しかも一回分限りで
未完成となったため、なおのこと
表面に出てくることがなかったのです。

〔主要登場人物〕
新井巡査

…警邏中、殺人事件に遭遇する。
 犯人を取り逃がす。
川路美奈子
…殺害された女性。わがままな性格。
川路要太郎
…美奈子の夫。婿養子。
 穏やかな性格の大学教授。
川路静子
…美奈子の腹違いの妹。
五朗爺さん
…殺害現場となった
 川路家別宅の管理人。
源さん
…新井巡査の顔なじみ。
 重要な証言をする。
遠藤為八…所轄署署長。
山田実…警察医。
菰田潔…所轄署刑事。

〔事件の概要〕
①新井巡査、桐屋敷に異変発見。
 乗り込むも犯人の襲撃を受け、
 犯人を取り逃がす。
②桐屋敷にて川路美奈子の死体発見。
③新井巡査、単独行動で捜査開始。
 源さんから重要な目撃証言を得る。
※未完のまま中絶

本作品を単独で読むならば、
味わいどころは
見つかりそうにありません。
何といっても未完成作品なのですから。
しかし本作品は
実は先日取り上げた横溝最初の長篇作品
「芙蓉屋敷の秘密」の原形版と
考えられるのです。
そうなると話は違います。

本作品の味わいどころ①
名探偵の原形モデル新井巡査

「芙蓉屋敷の秘密」では
活躍する場面のまったくなかった
新井巡査ですが、
原形となる本作品では
主役として描かれています。
おそらく源さんからの証言により、
新井巡査が静子の行動の謎を推理、
真犯人を見つけ出すという筋書きが
後半部(二回の連載予定だった)に
用意されていたのではないかと
推察できます。
血気盛んな青年巡査・新井探偵の活躍を
見てみたかったのですが、
探偵役が警察官、しかも巡査では
何かと不具合があったのでしょう。
本作品中にも
次のように記されています。
「抜け駆けの功名という事は、警察では
 最も禁じられている事であるから、
 もしそうした自分の意途が
 分ろうものなら、
 いかなる所罰をうけようもしれぬ」

新井巡査 image

そうした条件下では、
探偵役を十分に動かすことが難しいと
判断したのでしょう。
「芙蓉屋敷」では都築欣哉という
名探偵を創り上げ、
事件を解決させています。
事件捜査は、私立探偵かもしくは
警部級の立場の警察官でなければ
困難なのです。
だからこそ逆に、もしこのまま
巡査探偵が誕生していれば、
本作品は画期的な作品となっていた
可能性があるのです。
この、名探偵の原形モデル、
そして新しい探偵像としての
新井巡査の書かれざる冒険を
想像することこそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
現れる本格的探偵小説の要素

「芙蓉屋敷」は横溝初の長篇作品、
しかも本格探偵小説の条件を満たした
作品となっています。
原形である本作品にも
そうした本格探偵小説の要素が、
いたるところに散見されるのです。

その一つは
殺人現場の見取り図の提示です。
わざわざ見取り図を
掲載するということは、
そこに何か秘密、もしくは
読み手のミスリードを誘う罠が
仕掛けられている可能性があるのです。
また、源さんは、
「私が殺した」という静子の声を
聴いたことを証言しています。
いかにも静子が犯人であるかのように
見せかけて、
実は意外な真犯人が潜んでいることを
予感させます。
「芙蓉屋敷」も
「殺した」と思い込んだ人物がいる以上、
そうしたトリックが
ここで用いられていなくては
ならないはずです。
五朗爺さんは明らかに誰かをかばい、
何かを隠しています。
その謎解きも後半部に
描かれる予定だったはずです。
短篇ながらも謎解き要素の高い、
本格探偵小説となっていた
可能性が非常に高いのです。
この、散見される
本格探偵小説の要素こそ、本作品の
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
竹中英太郎幻のデビュー挿画

さらに本作品には
挿絵が付されています。
それが竹中英太郎の挿画であり、
江戸川乱歩の
「陰獣」に先駆けて発表された
幻のデビュー挿画であることが
確認されています。

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竹中の挿絵は、単に筋書きを
補足するだけのものではありません。
その陰湿かつ妖艶な画風は、
作品のおどろおどろしさを
さらに強調しています。
そしてその暗く耽美的なタッチは、
事件の奥底にある社会の闇を
強く暗示しています。
乱歩作品に添えた挿絵のような
エロ・グロさや背徳性こそ
見られないものの、
本作品の竹中挿画は
横溝の作品世界と見事に合致し、
陰鬱な雰囲気を
最大限まで高めています。
この、作品と連動する竹中英太郎の
幻のデビュー挿画の妖しさこそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

本作品だけでなく、
本書収録の作品すべてが
異様な雰囲気に包まれています。
本書の主役は竹中の挿画。
挿絵が主役の
「挿絵叢書」シリーズなのです。
竹中英太郎編が三冊、それ以降に
三人の挿絵画家のものが
それぞれ一冊ずつ、
計六冊が刊行されたところで
「挿絵叢書」は終了してしまいました。
もしかしたら大正から昭和初期にかけて
まだまだ怪しげな挿絵作家がいた
可能性があります。
このシリーズの続編の刊行を
期待したいと思います(無理か?)。
まずは本書から、
怖いもの見たさでご賞味ください。

(2018.1.14)

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(2025.10.16)

〔「挿絵叢書 竹中英太郎(二)」〕
 序 浜田雄介
桐屋敷の殺人事件 横溝正史
火を吹く息 大泉黒石
渦巻 江戸川乱歩
青蛇の帯皮 森下雨村
芙蓉屋敷の秘密 横溝正史
魔人 大下宇陀児
地獄風景 江戸川乱歩
箪笥の中の囚人 橋本五郎
赤外線男 海野十三
R燈台の悲劇 大下宇陀児
 名探偵と「初出誌からわかること」
  末永昭二

〔皓星社「挿絵叢書」はいかが〕

茂田井武(一)幻想・エキゾチカ (挿絵叢書)(単行本)
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