
ジュヴナイル第一作、黎明期ならではのテイスト
「怪人魔人」(横溝正史)
(「横溝正史探偵小説選Ⅱ」)論創社
好奇心と冒険心の旺盛な
丹波五郎は、
不思議な手紙の求めに応じ、
古びた屋敷の門をくぐる。
中で待っていたのは
金龍芳と名乗る怪人物。
丹波は金の指示のまま、
「起きろ、起きろ、起きろ…」
という、呪文のような文章を
読み上げる…。
昭和2年発表の、
横溝正史のジュヴナイル第一作となる
中篇作品です。
第一作であるためか、
のちのジュヴナイル作品と比較して
未成熟であるのは致し方ありません。
その「ジュヴナイル黎明期」の
テイストこそ、本作品の
味わいどころと考えるべきです。
〔主要登場人物〕
丹波五郎
…実績のある探偵。好奇心旺盛であり、
冒険を求める気質。
赤い梟
…かつて世間を騒がせた怪盗。
金龍芳
…悪の首領。
赤い梟を名乗り、悪事をはたらく。
山田男爵
…東京幸島地区に屋敷を構える貴族。
金龍芳と瓜二つの容貌を持つ。
山田三千子
…男爵夫人。
金龍芳によって宝石を盗み出される。
金龍芳に誘拐される。
山田譲
…男爵の甥。十三四歳の少年。
謎めいた行動をとる。
佐藤
…山田家の運転手。
飯島豊
…汽船会社社長。丹波五郎の恩人。
金龍芳に誘拐される。
山本大三郎
…富豪。金龍芳に誘拐される。
「せむしの医者」
…金龍芳の一味。
誘拐された人間を薬で眠らせる。
「検事」
…山田邸宝石盗難の捜査を行った検事。
〔事件の概要〕
⑴丹波五郎殴打事件
・丹波五郎、
怪屋敷内で怪しい文言を読まされる。
・殴打され失神、戸外へ放置される。
⑵山田男爵邸宝石盗難事件
・山田邸から宝石が盗み出される。
・丹波、山田邸に乗り込み、
事件の謎を解く。
・丹波が容疑者に仕立て上げられるが、
譲少年の手引きで脱出成功。
⑶男爵夫人誘拐拉致事件
・金龍芳、男爵夫人・飯島・山本の
三名を誘拐。
・金龍芳、譲少年を拉致監禁。
・丹波、譲少年と山田男爵を救出。
⑷山田男爵邸爆破事件
・丹波・譲・山田男爵、悪人一味と対決。
・丹波、敵に襲撃されるが、
譲少年の機転により生還。
・屋敷に仕掛けられた爆薬が一部誤爆。
・丹波、身を挺して大爆発を防ぐ。
・事件解決。
本作品の味わいどころ①
悪役金龍芳、不思議な人物像
ジュヴナイルといえば、
怪人の登場が必須です。
乱歩作品であれば
「怪人二十面相」を基盤として
「妖怪博士」「青銅の魔人」「透明怪人」
「宇宙怪人」など、
横溝ジュヴナイルにおいても
「怪獣男爵」「金色の魔術師」
「幽霊鉄仮面」「夜光怪人」「白蠟仮面」
「蠟面博士」など、
奇抜な悪役キャラが
派手な存在感を示しています。
本作品の表題は「怪人魔人」。
さぞかし強力な悪役が
登場するかと思えば…、
「金龍芳」と名乗る中国人なのです。
この「金龍芳」が
不思議なキャラクターとなっています。
山田男爵と顔が酷似しているために
入れ替わろうとした悪人なのですが、
男爵の兄を変死させたにもかかわらず、
男爵も甥の譲少年も、生かし続けます。
中国人であるにもかかわらず、
誰からも疑われずに
なりすましています。
残虐な方法で
人殺しをしてきたにもかかわらず、
最後は改心して
爽やかなイメージを纏っています。
もちろんこれらは横溝の
人物造形の甘さに起因することです。
しかしそれは仕方ありません。
昭和2年の日本ミステリ界は、
猟奇性や怪奇色を主とした
「変格もの」が幅をきかせていたのです。
少年向けの悪役を
作り出そうとしたものの、
のちの「悪役キャラ」まで
振り切れることが
できなかったのでしょう。
そうしたジュヴナイル黎明期における
悪役キャラ造形こそ
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
探偵丹波五郎、その正体は!
ジュヴナイルといえば、
名探偵が重要な要素となります。
本作品ももちろん名探偵が主役です。
しかし依頼された事件を
解決するのではありません。
自ら事件に巻き込まれ、その濡れ衣を
晴らすというものなのです。
どのように事件に巻き込まれたのか?
拾った手紙に書かれていた
「即時、下名まで御出でを乞う。
一千円の謝礼を進呈すべし」という、
いかにも悪質な罠のような文言。
彼は金に釣られたのではなく、
「罠」に惹かれたのです。
名探偵として
実績を上げているだけあって、
その頭脳は明晰です。
行動力も抜群です。
しかしこの探偵、その探偵能力には
疑問符がつきかねません。
あえて罠にはまったのはいいのですが、
はまりっぱなしで殴り倒されて
戸外へ放置されてしまいます
(命を奪われてもおかしくなかった)。
自らが原因となってしまった
宝石盗難事件の謎を解くために
山田邸を訪問したのですが、
捜査担当検事から
容疑者扱いされる始末です。
金龍芳との最終決着のために
再度山田邸に乗り込むのですが、
敵に逆襲されてしまいます。
これもまたジュヴナイルにおいて
どのような探偵を活躍させるのかという
横溝のスタンスが
はっきり定まっていなかったことゆえの
ものと考えられます。
しかし途中で明かされる彼の正体は…、
素敵です。
詳しくはぜひ読んで確かめてください。
それを含めたジュヴナイル黎明期の
名探偵像こそ、本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
なお、この丹波五郎の、
「頭脳の明晰さ」と
「強い冒険心とそれ故の失敗」という
性格を二分し、
前者を由利麟太郞、
後者を三津木俊助に
再構成したのではないかと想像できます
(由利・三津木コンビの第一作
「石膏美人」は昭和11年発表)。
本作品の味わいどころ③
譲少年、ジュヴナイルの花形
ジュヴナイルといえば、
活躍する少年の存在が
必要不可欠となります。
その点、
本作品の山田譲少年は見事です。
敵の監視下にある中で、
再三にわたって丹波に
身の危険を知らせる、
容疑者として
捕縛されそうになった丹波を
屋敷から脱出させる、
丹波と極秘に接触して
屋敷内の異変を伝える、
謎を解くために敵アジトを偵察する、
襲撃された丹波を救出する、
十三四歳とは思えない
大車輪の活躍ぶりです。
これなら当時の少年たちは
胸を躍らせたことでしょう。
ジュヴナイルの花形としての
譲少年の大活躍こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
ジュヴナイル・ミステリといえば、
乱歩の少年探偵団シリーズばかりが
クローズアップされるのですが、
その第一作「怪人二十面相」の発表は
昭和11年。
本作品の九年後なのです。
ジュヴナイル黎明期の本作品の
延長線上に、少年探偵団シリーズが
位置していると言っても
過言ではありません。
二十面相の源流が金龍芳、
明智小五郎のルーツが丹波五郎、
小林少年のモデルが譲少年と考えれば、
本作品の味わいは
一層豊かになるはずです。
ぜひご賞味ください。
(2018.1.21)
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