「泥の中の女」(横溝正史)

もしや犯則技?多様な捜査手法を見せる金田一

「泥の中の女」(横溝正史)
(「金田一耕助の冒険」)角川文庫

訪問した屋敷の離れに
死体を発見したヤス子は
交番に通報、
巡査をその家に案内するが、
死体はどこかに消えていた。
それどころか
その家の住人が戻ってきていて
何事もなかったように
酒を飲んでいた。
死体はいったいどこへ消えた…。

横溝正史
金田一耕助シリーズの短篇作品です。
消えた死体は
やがて発見されるのですが、
単純な事件に見えて、
実は真相がなかなか見えてこない
不思議な味わいの作品です。

【事件簿File-048「泥の中の女」】
〔依頼人〕
等々力警部…警視庁捜査一課警部
※警察への捜査協力
〔捜査関係者〕
新井刑事…警視庁捜査一課刑事。
山口警部補…高井戸署捜査主任。
古谷警部補…三鷹署警部補。
根上巡査
…三鷹署巡査。ヤス子の通報に対応。
〔事件関係者〕
立花ヤス子
…西条家の離れで死体を発見。
 若く貧しい掃除婦。二十歳。
立花信吉
…ヤス子の夫。二十三歳。
川崎龍二
…探偵作家。西条家の離れを仕事場兼
 逢い引きの場として使っていた。
松本梧朗
…川崎の古い友人。
 川崎の助手的な仕事を担当していた。
「鼈甲縁の眼鏡の女」
…ヤス子が西条家の離れで接触した女。
 死体を残して姿を消す。
浅茅タマヨ
…川崎の愛人。キャバレーのダンサー。
久保田昌子
…川崎の愛人。小学校教員。
 鼈甲縁の眼鏡を着用している。
〔事件の概要〕
昭和32年(東京)
2月23日
・ヤス子、西条家の離れで死体発見。
・通報を受けた巡査、ヤス子とともに
 西条家を確認、死体消失。
・この日より、浅茅タマヨ、久保田昌子、
 行方不明。
3月2日
・等々力、金田一を招き、事件相談。
・久保田昌子の死体発見。
3月5日
・金田一、浅茅タマヨの死体発見。
・川崎龍二、服毒自殺(未遂)。
・ヤス子、襲撃されかかる。
・犯人現行犯逮捕、事件解決。

本作品の味わいどころ①
なぜ死体が消えたのか?

留守中の川崎宅で偶然にも
死体を見つけてしまったヤス子。
ところが巡査とともに駆けつけると、
なぜか死体は消えている。
舞い戻っていた家主・川崎は、
死体など知らぬという。
まもなく死体は付近の川から見つかり、
それは探偵作家・川崎の
愛人の一人だという。
どう考えても殺人事件が
存在していたのは間違いないのですが、
ヤス子が発見した死体は
なぜ消失したのか?
殺人を隠蔽するなら、そのまま死体は
隠し続ければいいのです。
なぜ中途半端な方法で
死体を遺棄したのか?
ミステリアスな展開が続きます。
この、死体消失の謎こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
真犯人はいったい誰か?

探偵作家・川崎の愛人を
殺害したのは誰か?
愛憎関係のもつれだとすると、
情夫の川崎が当然、
最も怪しいということになります。
しかしヤス子が接触した
「鼈甲縁の眼鏡の女」は
どうやら久保田昌子らしく、
そうなると愛人どうしの男の奪い合い、
つまり昌子がタマヨを殺害したとも
考えられるのです。
ところが事件はそれで終わりません。
二人目の愛人の死体が
発見されるのです。
そしてその事実を知った川崎は、
服毒自殺を図るのです。
こうなるともはや犯人は
川崎以外に考えられなくなります。

本作品の味わいどころ③
反則技を繰り出す金田一

当然、その謎を解くのが金田一です。
しかし本作品での金田一の探偵術は
やや強引です。
単独で現場を再捜査して
二つめの死体を
発見したのはいいのですが、
それを交番に通報したまま
行方をくらまします。
えっ、それは無責任では?
それだけでなく、新聞記者に依頼し、
誇張した目撃情報を掲載させます。
えっ、それは情報操作では?
さらにその偽情報を使って
真犯人がヤス子を襲撃するよう
仕向けるのです。
つまり一般市民を囮にしているのです。
えっ、それは人命軽視では?
すぐさま警察官が真犯人を
取り押さえたところを見ると、
警視庁もそれを
承認していたことになります。
えっ、それは違法捜査では?
現代の視点からすれば
大問題なのですが、
本作品が発表された昭和32年当時は、
ミステリとして
違和感なく受け入れられたのでしょう。
「推理」や「冒険」だけでない、
多様な捜査手法を見せる
金田一が愉しめます。
この、
反則技を繰り出す金田一の探偵術こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

INDEX 金田一耕助の事件簿

ところが事件現場にいた
「鼈甲縁の眼鏡の女」は、
久保田昌子でも
浅茅タマヨでもないことが、
ヤス子の証言によって
明らかとなります。
急遽浮上した「第三の愛人」、
その正体は?
登場人物が限られている中で、
なかなか先を読ませない展開は
さすが横溝ミステリです。
この、真犯人とそのトリックを
見破ることこそ、本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

その金田一と
捜査を指揮する等々力警部のやりとりは
緊迫感以上に
ユーモラスに満ちあふれています。
捜査陣を煙に巻いたかと思うと、
その一方で
「どうも、この金田一耕助という野郎、
 とんでもないのろま野郎でさあ」
と、
自嘲気味に語る金田一。
それを
「はんぶんからかい顔に、しかし、
 はんぶん真剣な面持ちで」

見守る等々力警部。
本作品は、そんな二人の温かな関係が
滲み出ている好編です。
ぜひご賞味ください。

(2018.3.1)

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(2026.4.29)

〔追記〕
2022年6月、
ついに本書が復刊となりました。
昭和51年に文庫初版が刊行された後、
昭和54年には二分冊、
それも杉本一文装丁ではなくなり、
大変残念な気持ちでいました。
復刊というよりは、今回40数年ぶりの
杉本一文装丁画の復活が
喜ばしいことです。

(2022.6.25)

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