
本事件の金田一は名推理、それとも透視能力?
「柩の中の女」(横溝正史)
(「金田一耕助の冒険」)角川文庫
運送店の店員・白井は、
依頼主からの注文通り、
上野の美術館から
審査に落選した石膏像を
受け取りに来る。
しかしその輸送途中に
荷崩れを起こした荷箱の中では、
破損した石膏像から
べっとりとした血糊が
漏れ出していた。犯人は…。
横溝正史の金田一耕助シリーズの
短編集「金田一耕助の冒険」の一篇です。
短篇ながらも意外性のあるトリックに
うならされます。
【事件簿File-058「柩の中の女」】
〔事件発生〕
昭和33年3月(東京)
〔依頼人〕
依頼人なし
※警察への捜査協力
〔捜査関係者〕
柿崎捜査一課長
…警視庁捜査一課長。
望月刑事・新井刑事
…警視庁捜査一課刑事。
等々力警部
…警視庁捜査一課警部。
〔事件関係者〕
古垣敏雄
…運送店に落選作品の運搬を依頼した
芸術家。妻を友人に譲渡した。
江波ミヨ子
…古垣の愛人らしき存在。
石膏像「壺を持つ女」のモデル。
森富士郎
…敏雄の旧友の芸術家。
天才といわれている。
森和子
…敏雄の元妻。森富士郎に譲渡される。
池田アイ子
…森の家の使用人(老婆)。
白井啓吉
…運送店の新人店員。
運搬中の石膏像から死体を発見。
黒眼鏡の男
…白井に死体入りの石膏像を渡した
怪しい男。
「記録の記述者」
…本事件を小説化する筆者。
金田一から事件の結末を聴き取る。
〔事件の概要〕
昭和33年3月18日
・白井、石膏人形を搬出。
・自動車事故により、石膏人形を入れた
木棺が落下、中から死体表出。
・白井、警視庁に届け出る。
・敏雄、ミヨ子、警察で事情聴取。
・死体は森和子と判明、
死亡は12日頃と推定。
3月25日
・金田一と等々力、
ミヨ子から再度の事情聴取。
・もう一つの死体発見、犯人逮捕。
本作品の味わいどころ①
石膏像から始まる殺人事件
トラックに積み込まれた石膏像から
始まる事件は、
横溝の得意技の一つです。
古くは1936年発表の
「石膏美人」(由利・三津木)から始まり、
1954年の「堕ちたる天女」(金田一)、
同年のジュヴナイル「百蝋仮面」、
1957年の「鞄の中の女」(金田一)と、
使用頻度が高くなります。
特に「鞄の中の女」は、
同じ「金田一耕助の冒険」中の
一作なのですが、
こちらは石膏像の中には
死体はありませんでした。
本作品は冒頭から石膏像が破損して
死体が発見されます。
それだけではなく、
メイン・トリックとしても
活用されているのです。
この、横溝得意の
石膏像から死体が現れる展開を、
まずはじっくり味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
妻を友人に譲渡した芸術家
石膏像に塗り込められていた和子は、
天才芸術家・森の妻であるとともに、
石膏像搬出の依頼をした
芸術家・古垣の元妻でもあるのです。
しかもなんと古垣から森へと
譲渡されたというのですから、
穏やかではありません
(いや、ある意味、穏やかか?)。
だからこそ、
そこから事件が起きるのです。
森は女性関係が長続きしない男、
古垣もミヨ子という愛人がいる。
妻・和子が気の毒ではあるのですが、
どちらから殺されても
不思議でない状況なのです。
何か一悶着が起きそうな、
異常な状況設定といえる妻譲渡の
その先にある殺人の謎を、
次にしっかり味わいましょう。
ところで、
「妻譲渡」といえば連想してしまうのが
谷崎潤一郎と佐藤春夫の間で起きた
「妻譲渡事件」。
こちらはいざとなってから
谷崎が妻を惜しくなり(予定していた
女性と結婚できなかったため)、
譲渡をご破算にしたという
現実のスキャンダラスな事件です。
当然一悶着があり、
両者の関係が悪化しました
(幸いなことに
殺人事件は起きていません)。
本作品の味わいどころ③
名推理、それとも透視能力
本事件では、
金田一が事件のからくりを見抜き、
スピード解決に至ります。
まるで第二の死体が隠されていた場所を
透視したかのような早業です。
トリックが見事すぎて、
こうでもしなければ事件が
解決しなかったからでしょう。
短篇作品には、
金田一がこのような超推理を見せる
場面がいくつか存在します。
それもまた金田一シリーズの
味わいの一つなのです。
たっぷりと味わいましょう。

さて、「○の中の女」で統一された
本書「金田一耕助の冒険」、
本作品の場合、
タイトルは「石の中の女」でも
よさそうなものですが、
石の中には女だけでなく
男も隠されていたせいでしょうか、
最初の石膏像が収められた
「柩」が採用されています。
一篇一篇に趣向の凝らされた
短編集です。
横溝ファンなら見逃されません。
ぜひご賞味ください。
(2018.5.1)
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(2025.2.6)
〔「金田一耕助の冒険」角川文庫〕
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〔関連記事:石膏像から始まる事件〕
〔関連記事:金田一&等々力警部の事件〕
〔追記〕
2022年6月、
ついに本書が復刊となりました。
昭和51年に文庫初版が刊行された後、
昭和54年には二分冊、
それも杉本一文装丁ではなくなり、
大変残念な気持ちでいました。
復刊というよりは、今回40数年ぶりの
杉本一文装丁画の復活が
喜ばしいことです。
新版と旧版は下の通りです。


新版はデザインが
マイナー・チェンジしています。
(2022.6.25)
〔復刊!角川文庫:横溝正史〕


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