「三行広告事件」(横溝正史)

探偵トリオ、スパイの魔の手から帝都を救え!

「三行広告事件」(横溝正史)
(「空蟬処女」)角川文庫
(「由利・三津木探偵小説集成4」)
 柏書房

日本に潜伏するスパイの可能性に
言及した由利は、
新聞紙上に相次いで掲載された
家屋売買に関わる
三行広告を例に挙げ、
三津木に注意喚起を促す。
その最中、由利に依頼を
申し込んだ男が現れ、
薬物中毒の症状を示して
絶命する…。

戦時下である昭和19年に発表された
横溝正史異色のミステリです。
敵は何と「スパイ」。
暗躍するスパイの魔の手から
帝都の危機を救う。
それが本作品における
由利・三津木のミッションなのです。

【事件簿29 「三行広告事件」】
〔事件捜査〕
由利麟太郎…私立探偵。
三津木俊助…東都新聞記者。
※これまでの作品では
 新日報社所属となっていた
森山三千代…由利の女性助手。
〔事件関係者〕
椎名弁造
…由利の探偵事務所で死亡した依頼人。
 息子・勝一から助けを求める手紙を
 受け取っていた。
椎名勝一
…弁造の息子。行方不明となっている。
お節
…勝一の婚約者。
 勝一の借家で殺害されていた。
安藤治作
…借家の三行広告を出した男。
〔事件の概要〕
①由利の探偵事務所を訪れた椎名弁造が
 薬物中毒死する。
②弁造の息子・勝一の借家で
 婚約者・お節の死体が発見される。
③三行広告に掲載された借家に、
 三津木と三千代、潜入捜査。
④スパイ捕縛、事件解決。

本作品の味わいどころ①
女性助手追加に見る国家総動員

本作品で目を引かれるのは、
やはり女性助手・森山三千代が
加入したことでしょう。
横溝はなぜここで
女性助手を登場させたのか?
若い夫婦として潜入捜査を行う
筋書き上、どうしても
三津木と相方になる女性が
必要だったことに間違いはありません。
少しでも華やかさを加えようという、
創作上の配慮もあったのでしょう。
乱歩の明智小五郎シリーズにおける
女性助手「明智文代」に対抗しようとした
意図もあったのかもしれません。
しかし時代背景を考えると、
それだけではなさそうです。

本作品発表の昭和19年といえば、
太平洋戦争も末期にさしかかり、
日本の敗色が濃厚になった時期です。
男性の兵力不足解消のため、
女性の役割が大きくなりました。
未婚女性を中心に
「女子挺身隊」などが組織され、
軍需工場での労働や、空襲に備えた
バケツリレーなどの防空演習など、
女性たちはより直接的で過酷な役割を
担うようになっていったのです。
そうした時代背景を考えると、
本作品の森山三千代は、
まさに「銃後を守る女性」の象徴のように
思えてなりません。

神業的推理の冴える知的な
「文官」由利麟太郞と、
肉体派の敏腕新聞記者である
「軍人」三津木俊助、そこに
「銃後を守る女性」森山三千代が加わり、
敵国スパイと対決する。
この、「国家総動員体制」の
探偵トリオこそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
探偵トリオが阻止する爆弾テロ

本作品は、由利と三津木のスパイ論議、
そして新聞紙上の
「三行広告」への疑念から幕を開けます。
実はそれが伏線となっています。
前述したとおり、敵はスパイ。
終末に明かされるスパイの狙いは
「爆弾テロ」。
それを阻止するために
探偵トリオは奔走するのです。

そこでまたしても
由利の神業的推理が炸裂します。
「三行広告」と「爆弾テロ」を、
由利の頭脳は見事に結びつけ、
事件解決へ導きます。
詳しくはぜひ読んで確かめてください
としかいいようがありません。
この爆弾テロという
国家的危機に立ち向かう
探偵トリオの姿こそ、本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
戦時下でのミステリの究極の形

新たな魅力のある本作品ですが、
その一方で、戦意高揚をうながすための
時局におもねった作品と受け取られ
かねない面も持ち合わせています。
「米英相手に戦っている以上」
「日本人の仮面をかぶった敵国人」
「銃後の治安のため」
「かれらを根絶するまで戦わねばならん」
など、戦時色に溢れているからです。
恐らく、横溝のめざした
ミステリの形からは
ほど遠いものであることは
間違いありません(本作品だけでなく、
この時期の横溝作品には、
いくつかそのようなものがある)。

しかし戦時下において、ミステリの形は
限定的にならざるを得ません。
昭和12年に始まった日中戦争以後、
ミステリ創作は窮屈になりました。
昭和14年発表の「薔薇王」などは
殺人事件や窃盗事件を描けず、
魅力的な人物設定を
生かしきれませんでした。
本作品は時局がさらに厳しくなった折に
ミステリとしての最低限の要素である
「殺人事件」を中心に据え、
それを表面上は戦意高揚目的に
見せかけて検閲を乗り切るという、
ギリギリの「スタイル」だったのです。
昭和19年に発表された横溝作品は16篇。
その中で捕物帳や時代もの(明治を含む)
以外のいわゆる「ミステリ」は、
本作品だけなのです。
この、戦時下における
ミステリの究極の「スタイル」こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

本作品は、昭和19年の発表時も
あまり話題にならず、戦後は
金田一作品の影に隠れて忘れられ、
昭和59年になって
本書に収録されたものの、
まもなく平成に入って絶版、したがって
由利・三津木シリーズの中でも
影の薄い存在となっています。
しかし戦時中にあっても
ミステリ作家としての矜持を
保ち続けた横溝の姿勢を、
今に伝える貴重な作品なのです。
決して無視してはいけない
作品の一つです。
ぜひご賞味ください。

〔「菊花大会事件」との関連〕
本作品よりやや早く発表された作品に
「菊花大会事件」があります。
スパイの暗躍や爆弾テロを
素材とするなど
本作品と毛色が似ているのですが、
注目すべきは登場人物です。

探偵役は新日報社記者・宇津木俊助。
ともにスパイと対峙するのが
兵藤麟太郞とその妹・三千代。
苗字は異なるものの、
俊助・麟太郞・三千代と、
名前は本作品と同一のトリオが
主役なのです。
おそらく「菊花」では、
由利・三津木シリーズとの関係を一度
断ち切って検閲に臨んだのでしょう。
「菊花」が検閲をパスして
自信を得た横溝は、
それら三人を本来の姿に戻し、本作品を
由利・三津木シリーズ作品として
発表したのではないかと推測します。
「菊花大会事件」と本作品
「三行広告事件」を合わせて読むと、
より一層、この時期の
横溝の創作の苦労が見えてきます。
ぜひ二作品合わせてご賞味ください。

(2018.7.1)

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(2026.7.1)

〔「空蟬処女」角川文庫〕
空蟬処女
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菊花大会事件
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劉夫人の腕環
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〔「由利・三津木探偵小説集成4」〕
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血蝙蝠
嵐の道化師
菊花大会事件
三行広告事件
憑かれた女
蝶々殺人事件
カルメンの死
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模造殺人事件
 付録①/②/編者解説

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