「サマータイム」(佐藤多佳子)

3つのピースがはめ込まれて一つの大きな絵が完成する

「サマータイム」
(佐藤多佳子)新潮文庫

11歳の進と12歳の姉・佳奈は、
どしゃ降りの雨のプールで
じたばたもがくような、
不思議な泳ぎをする
13歳の広一と出会う。
彼は左腕と父親を失った代わりに、
大人びた雰囲気を身につけていた。
三人が一つの夏を過ぎたとき…。

進・佳奈・広一の3人の思春期を描いた、
4つの作品からなる連作短編集です。
というよりも、
表題作「サマータイム」に、
「五月の道しるべ」「九月の雨」
「ホワイト・ピアノ」の
3つの作品が加わった構造です。
実はこの4編、語り手が変わります。
「サマータイム」が進、
「五月の道しるべ」
「ホワイト・ピアノ」が佳奈、
「九月の雨」が広一です。
それぞれの成長を捉えながらも、
全編を通しての主人公は
佳奈なのでしょう。
佳奈の淡い恋物語といえる作品集です。

「サマータイム」
11歳の進が語り手です。
3人の巡り会い、一夏の思い出、
その後の広一との別れが描かれます。
そして最後の場面の、
17歳の進・18歳の佳奈と
19歳になった広一の再会が、
4編の物語を完結させているのです。

「五月の道しるべ」
語り手は7歳の佳奈です。
時系列ではここが始まりです。
強気で我が儘な佳奈と優しい進の
姉弟の姿が微笑ましい限りです。
それを通して、
広一と喧嘩別れした佳奈の性格が
丁寧に描出されています。

「九月の雨」
18歳の広一が語り手となります。
「サマータイム」の最終場面の
一年手前です。ここには、
隣県に引っ越しただけの広一が
なぜ姉弟に会いに行かなかったのか、
そして19歳の夏になって
なぜ突然姉弟に会いに行ったのか、
その理由とそれに関わる広一の
心の成長が読み取れます。

「ホワイト・ピアノ」
14歳の佳奈へと語り手が移ります。
友達の父親のピアノ店に勤める
千田との出会いを通して、
佳奈のピアノへのこだわり、
そして佳奈の心を占めている
広一への想いが綴られています。
広一と喧嘩別れしても、
いや、喧嘩別れしたからこそ、
ずっと広一のことが引っかかっている
佳奈の一途な思いが鮮烈です。

「サマータイム」はパズルの外枠であり、
それに3つのピースがはめ込まれて
一つの大きな絵が完成するような
仕掛けになっているのです。
そしてすべては
佳奈・進と広一の再会場面へと
収束していきます。
「何かがつながった!
 あの遠い日から今までの、
 すべての夏がピアノの音で
 数珠つなぎになった
 -そんな最高の感じがした」

読書の楽しみを知る
きっかけとなり得る一冊です。
中学生にも、そして大人のあなたにも
お薦めします。

※大人にも薦める、と
 書いておきながら一言。
 子どもを語り手に据えているために、
 本作品の文章は、日本語としては
 美しいとは言い難い状態です。
 中学生には違和感なく
 受け入れられるのでしょうが、
 大人が読むには
 好嫌が分かれるかもしれません。

(2018.8.2)

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