動けない二人、「私」と「K」
「こころ」(夏目漱石)新潮文庫

両親を亡くした「私」には
財産が残されていたため、
学生生活に不自由はなかった。
しかし「私」は、その財産を、
信頼していた叔父に
奪われていたことを知り、
深く傷つく。
そんな中、「私」は
下宿先の「御嬢さん」に
恋心を抱くが「K」は…。
「私は今自分で自分の心臓を破って、
その血をあなたの顔に
浴びせかけようとしているのです。
私の鼓動が停った時、
あなたの胸に
新らしい命が宿る事が出来るなら
満足です。」
鮮烈な序文から始まる先生の遺書。
そこに描かれているのは
運命の泥濘にはまり、
動けなくなった若い二人、
「私」と「K」の姿です。
「いくら熾烈な感情が燃えていても、
彼は無闇に動けないのです。
前後を忘れる程の
衝動が起こる機会を
彼に与えない以上、
Kはどうしても一寸踏み留まって
自分の過去を振り返らなければ
ならなかったのです。」
高い理想に突き進んでいるK。
彼にとって、
「恋愛」は「道を求めること」と
相容れないものだったのでしょう。
「私は飽くまで滑った事を
隠したがりました。
同時に、どうしても
前へ出ずにはいられなかったのです。
私はこの間に挟まって
また立ち竦みました。」
「私」は、
自分の失敗を妻に隠し続けなければ
ならなくなったのですから大変です。
「私」もまた
身動きがとれなくなったのです。
「他(ひと)に愛想を尽かした私は、
自分にも愛想を尽かして
動けなくなったのです。」
人間不信も他人に対してだけなら
まだいいのですが、
自分にまで不信が広がると、
もうどうしようもありません。
何も信じられないのですから。
「恐ろしい力が何処からか出て来て、
私の心をぐいと握り締めて
少しも動けないようにするのです。」
こうして「私」は完全に
身動きのできない状態に
なってしまったのです。
「こころ 下」に描かれている
動けない二人。
高校時代に教科書で読み、
人の心の深淵を
覗いたような気になったことを
覚えています。
以来何度も読み返しています。
自分が歳を重ねるとともに、
この二人の精神状態が
よく解るようになってきました。
何度読んでも
新しい発見と感動のある作品。
簡素でありながら
どこまでも深読みができる作品構造。
「私」「先生」「K」という誰にでも
置き換え可能な呼称の登場人物。
読み飽きることのない
美しい日本語。
どの点をとっても
日本文学の最高傑作と言い切れます。
ここを義務教育段階の
読書活動の到達点として
設定したいのです。
そして生涯学習としての
読書活動の出発地点であるべきと
考えるのです。
中学生のみなさん、
そして大人になってしまったみなさん、
読書をしてみませんか。
読書を続けてみませんか。
(2018.8.4)

【青空文庫】
「こころ」(夏目漱石)
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