「黒い雨」(井伏鱒二)

原爆の真実の姿を、淡々と記している

「黒い雨」(井伏鱒二)新潮文庫

閑間重松は妻・姪とともに
広島で被爆する。
原爆投下直後の広島の混乱と惨状、
不確かな情報とパニック、
静かに襲い来る原爆症、
生活基盤の崩壊による
困窮した生活、
そして追い打ちをかけるような
結婚差別。
重松の日記は続く…。

井伏のペンは激しく厳しく
戦争を非難しています。
前回そう書きました。
「遙拝隊長」よりも激しく厳しく
戦争を非難した作品が本書です。
しかし「遙拝隊長」同様、
意図的な悲劇の脚色はありません。
被爆直後からの広島の状況が、
主人公の日記という形で描かれます。
そしてそれは
被爆地の庶民の生活を、
穏やかな目線でとらえ、
切り取って提示しています。

戦争や原爆をテーマとした
文学作品は数多く存在し、
「戦争文学」という
ジャンルすら確立しています。
その中において、本書は
他の作品とは明らかに
一線を画しています。

本書には反戦や反核が声高々に
叫ばれているわけではありません。
軍国主義を非難したり、
軍人の愚かさを指摘してもいません。
原爆投下に踏み切った
米国への非難もありません。
その日から何が起きたのか、
その真実の姿を、作者の主観を排し、
淡々と記しているだけなのです。
だからこそ、被爆という未曾有の
恐ろしい事件を体験した庶民が、
何を考え、
どのような生活を送ったのかが、
あたかも読み手自身が
そこで直接体験しているかのように
伝わってきます。
そしてこのような悲劇を
二度と繰り返してはならないという
思いを強くさせるのです。

私もまた戦争を知らない世代です。
ましてや今の子どもたちにとっては
戦争は遠い異国か遠い過去の話でしか
なくなっています。
ぜひ中学生のうちに、
戦争をしっかりと受け止めるような
学習体験が必要であると考えています。

かつて中学校3年生の学年主任として、
修学旅行先(京都・関西方面)に
広島を加え、平和学習を行いました。
子どもたちは
実際に広島を訪問したことにより、
私たち大人が
考えること以上のものを
感じとることができました。

本書には、
目を背けたくなるような場面が
多々あります。
読み進めても救いがなく、
重苦しい思いが広がります。
しかし、日本人であるならば、
若い時期に、
できれば義務教育修了までの間に、
この作品に必ず一度は触れてほしいと
心から願います。

(2018.8.15)

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