「猿と死美人」(横溝正史)

らしからぬ手法を見せる三津木の探偵術

「猿と死美人」(横溝正史)
(「幻の女」)角川文庫
(「由利・三津木探偵小説集成3」)
 柏書房

霧の深い夜、
川を流れていく木箱のような檻。
それは、鎖で繋がれた猿が
激しくもがき、そのたびに
鈴が鳴るという
奇妙なものだった。
しかしもっと異様なのは
その檻の中だった。そこには
あられもない姿で倒れている
妖艶な女が…。

横溝正史
由利・三津木シリーズの一作なのですが、
本作品には由利先生は登場しません。
敏腕記者・三津木俊助が、
警視庁の等々力警部とコンビを組んで
事件を解決していきます。

【事件簿16 「猿と死美人」】
〔事件捜査〕
三津木俊助…新日報社社会部記者。
等々力警部…警視庁警部。
〔事件関係者〕
蓑浦耕作
…新進作家。俊介の大学時代の同級生。
蓑浦
…耕作の父親。猿の蒐集家。
 何者かに殺害される。
峯子
…蓑浦の妻。暴力的に妻にされた。
 耕作は「事実上の妻」と説明、
 内縁の妻と考えられる。
美弥
…耕作が手助けしている女性。
淑子
…美弥の母親。蓑浦に強請られていた。
〔事件の概要〕
⑴事件の発端(当初の計画)
・母親・淑子脅迫の種となっている
 「手紙」を蓑浦から強奪するため、
 美弥は蓑浦邸へ侵入する。
・そのための手段として、
 峯子が蓑浦を薬で眠らせ、
 花火の合図で川に面した窓から
 侵入する手はずを整える。
・耕作が美弥を支援、
 船で父親の屋敷まで同行。
⑵事件の経緯
①三津木・等々力、檻の木箱に入れられ
 川を流れてくる峯子を発見。
②美弥が蓑浦邸の窓から侵入、
 そこには半狂乱の母親・淑子が。
③三津木・等々力、
 船に待機していた耕作を発見。
④三津木・等々力、
 屋敷内で蓑浦の死体発見。
⑤三津木、耕作・美弥から事情聴取。
⑥三津木、罠を仕掛け、犯人特定。
 事件解決。

本作品の味わいどころ①
ジュヴナイル的に奇っ怪な事件要素

霧深い夜に死美人を載せた棺桶が
川面を流れてくる。
これだけなら十分におどろおどろしく、
ある種の猟奇性を感じさせます。
ところが本作品はそうではありません。
棺桶ではなく木製の檻である。
死美人ではなく
気絶美人が閉じ込められている。
その檻の上では生きた猿が
鎖で繋がれていて鈴を鳴らしている。
それが霧深い夜の川を流れている。
その情景をイメージすると、
猟奇性を越えて
滑稽さすら感じさせます。
意味不明なものの
組み合わせなのですが、そこには
それなりに意味が持たせられています。

そして被害者は猿蒐集家。
いったい猿蒐集家とは何?
なんと木彫りの猿、剥製の猿、
猿の絵、猿の面、…。
猿に関わるものすべてを蒐集するという
何とも怪しげな蒐集癖です。
そうしたものを集めた屋敷、
こちらも想像するとかなり奇天烈です。
しかもその蒐集の理由が
「申年生まれだから」の一言で
片付けられていると、
もはや噴飯ものです。
しかしこれも犯人を特定する罠に
活用されるのですから見事です。

そのほかにも
「十月の隅田川の打ち上げ花火」やら
「富士見西行の墨絵」やら
「手紙の隠し場所の謎」やら
「老いたる僧侶という暗号」やら、
奇妙なものが盛りだくさんです。
まるでおもちゃ箱を
ひっくり返したように、
摩訶不思議なものがそこここに
散らばっているのです。
この、ジュヴナイルのような
奇っ怪な事件要素の集合こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

なお最後の「暗号」もまた
三津木が解き明かすのですが、
これはもはや暗号解読の域を
遙かに超えて駄洒落としか
いいようのないものになっています。
こちらはご愛敬でしょう。

本作品の味わいどころ②
耕作と美弥の若い二人の冒険の行方

恐喝の加害者の息子が耕作、
被害者の娘が美弥という関係です。
美弥に同情した耕作が、
義母の関係にある峯子を巻き込み、
このような計画を立てたのです。
計画が順調に進んだとしても、
睡眠薬を飲ませた峯子は傷害罪、
美弥は不法侵入および窃盗罪、
十分に犯罪が成立します。
若い二人の無邪気ともいえる計画が、
悪人に乗じられる形で
殺人事件が引き起こされたのです。
しかしその若い二人の存在が
魅力的です。

miya

ボーイッシュな風貌で
積極的行動派の美弥、

kousaku

そして草食男子系の耕作、
昭和初期とは思えない、
現代的なカップルです。
この二人の活躍を
もう少し見てみたかったのですが、
短篇の尺では仕方ありません。
この、
耕作と美弥の若い二人の冒険こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
三津木の探偵術は口説き落としと罠

当然、事件の謎を解くのは
三津木なのです。

mitsugi

作品によっては犯人の尾行、探索、
格闘など、肉体派のような活躍の
目立つ三津木ですが、
本作品では重要参考人である耕作
(それが三津木の学生時代の親友!)を
口説き落とし、
事件の裏に隠された事実を
探り出すことに成功しています。
また、最後は真犯人を
罠にかけることすらやっているのです。
これはどちらかというと
由利先生の役どころと思われます。
由利麟太郎の登場しない事件における
三津木は、
ワトソン役からホームズ的存在へと
格上げされています。
この、口説き落としと罠という、
らしからぬ手法を見せる
三津木の探偵術こそ、本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

それにしても三津木俊助は、
自身に近い人間が
次々に事件に巻き込まれています。
恋人だったり(「石膏美人」)、
実の妹(「猫と蠟人形」)だったり
していたのですが、今回も
親友が事件に巻き込まれています。
これでは三津木が事件を呼んでいると
いわれても仕方ないでしょう。

INDEX 由利・三津木の事件簿

昭和13年発表の本作品、
アイディアが泉のように湧き出ていた
若き日の横溝作品です。
十分に堪能しましょう。

(2018.8.20)

〔娘のつくった動画もよろしく〕
こちらもどうぞ!

墓村幽の味わえ!横溝正史ミステリー

ぜひチャンネル登録をお願いいたします!

(2025.10.30)

〔角川文庫「幻の女」〕
幻の女
カルメンの死
猿と死美人

〔「由利・三津木探偵小説集成3」〕
双仮面
猿と死美人
木乃伊の花嫁
白蠟少年
悪魔の家
悪魔の設計図
銀色の舞踏靴
黒衣の人
仮面劇場
 付録:由利・三津木挿絵ギャラリー
 編者解説 日下三蔵

〔関連記事:由利・三津木シリーズ〕

「白蠟変化」
「双仮面」
「銀色の舞踏靴」

〔横溝ミステリはいかが〕

〔「由利・三津木探偵小説集成」〕

おどろおどろしい世界の入り口
sun jibによるPixabayからの画像

【今日のさらにお薦め3作品】

「大暗室」
「緑亭の首吊男」
「検事霧島三郎」

【こんな本はいかがですか】

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA