「湖泥」(横溝正史)

読み進めるほどに謎は深まります

「湖泥」(横溝正史)
(「貸しボート十三号」)角川文庫

村の評判の美人娘・由紀子が
祭りの最中に姿を消す。
由紀子は対立する村の二大勢力・
西神家と北神家の、それぞれの
跡取り息子から求婚され、
北神浩一郎を選んでいた。
由紀子失踪は、
そうした両家の確執の最中に
起きたことだったが…。

当然、由紀子は
死体で見つかるわけです。
単純な殺人事件のように
思えたのですが、読み進めるうちに
事件は意外な方向へ進展します。
横溝正史金田一ものの一つですが、
「獄門島」「八つ墓村」と同様、
因縁渦巻く岡山県の片田舎で起きた、
おどろおどろしい殺人事件です。

【事件簿File-021「湖泥」】
〔事件発生〕
昭和27年10月(岡山県)
〔依頼人〕
※依頼人なし。
 磯川警部への捜査協力の形。
〔捜査関係者〕
清水巡査…村の駐在の青年。
木村刑事…岡山県警刑事。
磯川警部…岡山県警警部。
〔事件関係者〕
御子柴由紀子
…村の人気を集めていた娘。
 北神浩一郎と婚約。
 死体で発見される。
 左眼が義眼だった。
御子柴啓吉
…由紀子の弟。由紀子を誘い出す
 内容の手紙を発見する。
北神浩一郎
…北神家の息子。由紀子と婚約。
 模範青年とされている。
西神康雄
…西神家の息子。由紀子に惚れていた。
 浩一郎と同い年。
北神九十郎
…満州からの引揚者。由紀子の屍体を
 自分の小屋に隠していた。
志賀恭平
…村長。六十一。横柄な性格。
志賀秋子
…恭平の妻。三十一、二の若さ。
勘十
…祭の夜、水車番を
 浩一郎に譲った青年。
儀作
…村の老人。失踪前の由紀子を目撃。
〔事件の概要〕
北神九十郎の小屋から
行方不明となっていた
御子柴由紀子の死体が発見される。
九十郎は死体を湖から回収し、
隠し持っていたことを認め、
逮捕される。
由紀子は贋手紙によって
水車小屋に誘き出されたことが判明、
しかし水車番をしていた浩一郎は、
由紀子が現れなかったと証言する。

本作品の味わいどころ①
村の二大勢力の確執という背景

村特有の古い因習を背景に、
事件は進んでいきます。
もともと由紀子への求婚も、
一方が名乗り出たから
もう一方も負けられずという、
旧家どうしの対立の結果なのです。
こうした背景が、事件を
おどろおどろしく演出しています。
しかも家名が「西神家」「北神家」です。
「犬神家」を連想させる上、
南や東ではなく西と北という
陰気くさい方角を背負わせて、
これでもかという念の入れようです。
短篇ながら、
おどろおどろしさ満載です。
金田一の岡山もの特有の、
因縁渦巻くおどろおどろしい雰囲気を、
まずはしっかり味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
疑わしい人物多数、犯人は誰?

犯人が絞りきれない、これこそが
ミステリーを読む醍醐味です。
婚約者・北神浩一郎も怪しいし、
敗れた対抗馬の西神康雄も
もちろん疑わしいのです。
村長・志賀も何か抱えている上、
引揚者の北神九十郎も
胡散臭さを漂わせています。
時期を同じくして行方不明になっている
村長夫人・秋子も
何やらいわくありげです。
怪しい人物だらけで
的が絞り込めません。
さすが横溝正史です。
犯人はいったい誰?
この犯人さがしの面白さを、
次にじっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
終盤になるにつれて深まる「謎」

謎が次第に解明されていくどころか、
読み進めるほどに謎は深まります。
事件の鍵を握っているかと思われた
村長夫人も死体で発見され、
浩一郎と康雄のアリバイも
二転三転するのです。
村長・志賀の態度は一層怪しさを増し、
由紀子の失われた義眼の行方も
判明しません。
疑わしさが増すばかりなのです。
読み進めてなお深まる「謎」こそ、
本作品の最大の味わいどころなのです。
たっぷりと味わいましょう。

さて、その「謎」を、
最後に快刀乱麻を断つごとく、
見事に解決するのが
金田一の名推理なのです。
連続殺人事件の渦中にいるときは、
常に犯人の後手後手に回り、
第二、第三の事件の発生を
未然に防げずにいる金田一。
でも、すでに起きている事件の解決なら、
余裕で解決してしまいます。
ミステリー創作上の
やむを得ない設定なのですが、
今回も金田一の
明快な推理が際立ちます。
特に、岡山県での相棒・磯川警部宅に
投宿している金田一が、
寝坊して現場に遅刻したときに、
ここぞとばかり事件解決の
新発見をさせるあたり、
横溝の心憎い演出です。

「あいつはいわゆる
 インヴィジュアル・マン、
 すなわち
 見えざる男だったんですね」
という
金田一の最後の言葉が物語るような、
意表を突いた犯人逮捕が鮮やかです。
短篇ながら、
味わい深い金田一ものの逸品、
ぜひご賞味ください。

(2018.8.31)

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