読み進めるうちに事件は意外な方向へ
「湖泥」(横溝正史)
(「貸しボート十三号」)角川文庫
村の評判の美人娘・由紀子が
祭りの最中に姿を消す。
由紀子は対立する
村の二大勢力・西神家と北神家の
それぞれの跡取り息子から
求婚され、
北神浩一郎を選んでいた。
由紀子失踪は、
そうした両家の確執の最中に
起きたことだった…。
当然、由紀子は
死体で見つかるわけです。
単純な殺人事件のように
思えたのですが、読み進めるうちに
事件は意外な方向へ進展します。
本作品の読みどころ①
村の二大勢力の確執という背景
村特有の古い因習を背景に、
事件は進んでいきます。
もともと由紀子への求婚も、
一方が名乗り出たから
もう一方も負けられずという、
旧家どうしの対立の結果なのです。
こうした背景が、事件を
おどろおどろしく演出しています。
しかも家名が「西神家」「北神家」です。
「犬神家の一族」を連想させる上、
南や東ではなく西と北という
陰気くさい方角を背負わせて、
これでもかという念の入れようです。
本作品の読みどころ②
疑わしい人物がいっぱい
犯人が絞りきれない。
これこそがミステリーを
読む醍醐味です。
婚約者・北神浩一郎も怪しいし、
敗れた対抗馬の北神康雄も
もちろん怪しい。
村長も何か抱えているし、
引き揚げ者の北神九十郎も胡散臭い。
同時に行方不明になっている
村長夫人もいわくありげ。
怪しい人物だらけで
的が絞り込めません。
さすが横溝正史です。
本作品の読みどころ③
終盤になるにつれて深まる謎
読み進めるほどに謎は深まります。
事件の鍵を握っているかと思われた
村長夫人も死体で発見され、
浩一郎と康雄のアリバイも
二転三転し、
疑わしさが増すばかりです。
本作品の読みどころ④
金田一耕助の明快な推理
連続殺人事件の渦中にいるときは、
常に犯人の後手後手に回り、
第二、第三の事件の発生を
未然に防げずにいる金田一。
でも、すでに起きている事件の解決なら、
余裕で解決してしまいます。
ミステリー創作上の
やむを得ない設定なのですが、
今回も金田一の
明快な推理が際立ちます。
特に、岡山県での相棒・磯川警部宅に
投宿している金田一が、
寝坊して現場に遅刻したときに、
ここぞとばかり事件解決の
新発見をさせるあたり、
横溝の心憎い演出です。
「あいつはいわゆる
インヴィジュアル・マン、
すなわち
見えざる男だったんですね」という
金田一の最後の言葉が物語るような、
意表を突いた犯人逮捕。
短篇ながら、
味わい深い金田一もの作品です。
(2018.8.31)