
それらすべてが殺人動機に繋がっている
「鏡の中の女」(横溝正史)
(「金田一耕助の冒険」)角川文庫
金田一とカフェで同席していた
増本女史が、
鏡に映る男女の密談を
読唇術で読み取り筆記した。
それは殺人の相談だったが、
金田一は笑って
取り上げなかった。
しかしその記述の通りに
殺人事件が起き、
若い女の死体が発見される…。
金田一耕助の短篇ものを集めた
横溝正史の作品集
「金田一耕助の冒険」の一篇です。
読唇術で読み取った内容通りの
殺人事件が起き、
しかしその殺人計画の立案者が
殺害されているという
ミステリアスな事件です。
さて、金田一はこの事件を
どう解決していくのか?
…ところがこの金田一のやる気が
いまいちなのが
さらなる「謎」となってくるのです。
はたして真相は?
【事件簿File-051「鏡の中の女」】
〔依頼人〕
該当なし
※警察への捜査協力
〔捜査関係者〕
川口先生…死体を解剖した医師。
古谷警部補…三鷹署捜査主任。
小沼刑事…三鷹署刑事。
等々力警部…警視庁捜査一課警部。
〔事件関係者〕
増本克子
…聾唖学校教師。
鏡に映った女の女の言葉を読む。
河田重人
…某企業専務取締役。
倉持タマ子と関係。
河田登喜子
…重人の妻。夫の不貞行為を疑う。
河田由美
…重人の娘。高校を退校処分。
倉持タマ子
…登喜子の遠縁。以前河田家に奉公。
殺害される。
杉田豊彦
…河田家運転手。好男子。
登喜子、由美と関係。
ネッカチーフの女(謎の女)
…河田家別荘で目撃された謎の女。
殺人事件の犯人と目される。
高山嘉助
…河田家別荘を管理する
Sホテルの支配人。
藤本文雄
…Sホテルのボーイ。別荘に食事を
運ぶ際、ネッカチーフの女と接触。
先生
…金田一の事件簿の記録者。
金田一から事件の真相を聞き取る。
〔事件発生〕
昭和32年5月
〔事件の概略〕
5月2日
・銀座のカフェで金田一、
増本の読唇術で殺人計画を知る。
・カフェには河田重人と倉持タマ子、
そして隠れるように河田登喜子が。
5月11日
・ネッカチーフの女、河田家の別荘にて
重人・タマ子の二人を殺害
5月13日
・謎の女、河田家の別荘から
タマ子の死体入りトランクを
逗子駅へ移動、三鷹駅へ発送。
5月16日
・三鷹駅にてトランクの中から
倉持タマ子の死体発見。
・逗子の河田家別荘にて
重人の死体発見。
本作品の味わいどころ①
金田一の普段とは違う素っ気なさの謎
同席した増本女史が
「読唇術」で殺人計画を書き写し、
それが事件の発端となるのです。
本作品の肝は、
その「読唇術」にあります。
横溝や乱歩といった
昭和の時代の探偵小説には、
この「読唇術」なるものが
登場する作品をいくつか見かけます。
非常に効果的に使われるのですが、
実は相当難しく、
至近距離からであっても
完全に読み取ることは
不可能なのだとか
(確かにこれが簡便な方法なら、
手話など必要なくなります)。
ところが増本女史の読唇術から
殺人計画を知らされた金田一の反応は
なぜか淡泊なものとなっています。
普段なら、このような事件は
いかにも金田一の
興味を引いているはずです。
金田一が乗り気でなかったその結果、
計画通りの殺人事件が起こるのですから
金田一の失策としか思えません。
それなのに金田一は
いつも以上に飄々としてます。
この、普段とは異なる
金田一の素っ気ない態度こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
殺人立案者がその通りに殺害された謎
その読唇術によって予告された殺人計画
(毒薬「ストリキリーネ」を使って殺害し、
死体を「ジュラルミンのトランク」に
詰め込み、「三鷹駅」に送る)の通りに
殺人事件が起きるのです。
しかしなぜか殺害されたのは計画者の
倉持タマ子・河田重人の二人。
殺人の計画者二人が
その計画通りに殺害され、
死体として発見される。
単純に考えると計画を知った
殺人の対象者が逆襲し、
その計画をなぞったというのが
もっとも考えられる筋書きですが、
簡単にはいきません。
はたして真相は?
殺人の立案者が
その筋書き通りに殺害された
その謎を考えることこそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
二つの死体の一方だけが移送された謎
同じ場所で殺害されたにもかかわらず、
一方は現場の落ち葉だめの底から、
もう一方はジュラルミン製トランクに
詰められて三鷹駅まで
発送されているのです。
なぜそんな手間をかけて
危険な方法をとったのか?
その謎を
金田一とともに考えることこそ、
本作品の第三の
味わいどころとなってくるのです。
たっぷりと味わいましょう。

終わってみると、それらすべてが
殺人動機に繋がっていることが
明かされます。
そして判明する意外な犯人。
やや犯則技とも思われる
強引な設定ですが、それが
短篇ミステリーの魅力の一つです。
金田一耕助の名推理に
酔いしれましょう。
(2018.8.31)
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(2025.5.1)
〔本書収録作品一覧〕
「霧の中の女」
「洞の中の女」
「鏡の中の女」
「傘の中の女」
「鞄の中の女」
「夢の中の女」
「泥の中の女」
「柩の中の女」
「瞳の中の女」
「檻の中の女」
「赤の中の女」
(2018.8.31)
〔追記〕
2022年6月、
ついに本書が復刊となりました。
昭和51年に文庫初版が刊行された後、
昭和54年には二分冊、
それも杉本一文装丁ではなくなり、
大変残念な気持ちでいました。
復刊というよりは、今回40数年ぶりの
杉本一文装丁画の復活が
喜ばしいことです。
新版はデザインが
マイナー・チェンジしています。

(2022.6.25)
〔関連記事:金田一耕助の事件簿〕



〔復刊!角川文庫:横溝正史〕


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