「猫町」(萩原朔太郎)③

若い人たちを日本文学へ誘う一冊

「猫町+心象写真」
(萩原朔太郎+心象写真制作スタッフ)
 KKベストセラーズ

萩原朔太郎の「猫町」に魅せられ、
こんな本まで買ってしまいました。
標題の通り、「猫町」に、
そのイメージをもとにした
風景写真(と猫写真)を加え、
視覚的にその世界を
捉えられるようにしたものです。

写真を眺めているだけで、
何か心が安らぎます。
古き良き時代の下町を写した
静かなイメージに癒やされるのです。
私はこうした写真集が大好きです。
しかし…、「猫町」を読んだときに
頭の中に思い浮かんだヴィジョンと
何かが大きく違うという
違和感を覚えました。

第一に、
原文ではクライマックスまで
猫は全く登場しないのに対し、
本書は最初から猫だらけである点です。
猫好きの人ならいいのでしょうけれど、
朔太郎が猫を使って
何を暗喩していたかが
全く不明確になっています。

第二に、
クライマックスでの町の描かれ方が
映像としては十分に伝わってきません。
原文では以下のように
表現されています。
「すべての軒並の商店や建築物は
 美術的に変った風情で意匠され、
 かつ町全体としての
 集合美を構成していた。
 しかも、それは
 意識的にしたのではなく、
 偶然の結果からして、
 年代の錆がついて出来てるのだった。」

これを写真で表現しろと言っても、
限界があるのでしょう。

第三に、
やはりクライマックスでの
おびただしい数の猫の描かれ方です。
イラスト風の猫を
コラージュして終わっています。
やや拍子抜けです。

やはり萩原朔太郎の
きわどい文学世界を
写真でリアルに表現すること自体、
難しいものがあるのでしょう。
だとすると、昨日取り上げた
「乙女の本棚シリーズ」のように、
徹底してイメージ優先の表現の方が
本文と融け合いやすいのかも
知れません。

残念な点はあるものの、
こうした手法で若い人たちを
日本文学へ誘う方法は
評価できると思うのです。
中学校や高校の
図書館に置いてあったとき、
何人かが本書を手に取り、
何人かが朔太郎に興味を持ち、
何人かが日本文学の
表現の幅の広さと面白さに
気付くことができたなら、
本書の存在価値は
十二分にあるといえます。

本書・ビジュアル「猫町」と
「乙女の本棚」版「猫町」、
岩波文庫版「猫町」が
図書館に並んで置いてあったら
いいなと思う今日この頃です。

(2018.9.6)

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