「ウォーソン夫人の黒猫」(萩原朔太郎)

朔太郎は仮想空間で羽ばたいた

「ウォーソン夫人の黒猫」
(萩原朔太郎)
(「猫町 他十七篇」)岩波文庫

頭脳明晰なウォーソン夫人。
ある日、彼女が帰宅すると、
部屋の中に黒猫がいた。
どこにも入る隙間がないのに、
黒猫は次の日も、
また次の日も部屋に現れる。
不思議な現象を解明するため、
彼女は友人三人を部屋に招く…。

彼女の必死のアピールにもかかわらず、
三人の客は黒猫に対して
一向に関心を示しません。
黒猫は彼女にだけ見え、
他の三人には見えなかったのか、
それとも見えていたのに
無視していたのか。
本文を読む限りは
どちらと言い切ることはできません。

最後の一行に、
次のような一文が付されています。
「この物語の主題は、
 ゼームス教授の心理学書に
 引例された一実話である。」

ゼームス教授とは、
米国の心理学者・
ウィリアム・ジェームズ
(1842-1910)と思われます。
彼は超常現象に対して
「それを信じたい人には
 信じるに足る材料を
 与えてくれるけれど、
 疑う人にまで
 信じるに足る証拠はない。」

述べています。

本作品と似たような
シチュエーションでは、
H.ジェイムズの「ねじの回転」が
あげられます。
こちらは、亡霊が、
主人公の家庭教師にしか見えないという
恐怖を描いていました。

夫人はついには
黒猫を始末しようとして
拳銃を乱射します。
最後の弾が尽きたとき、
「彼女は自分の額のコメカミから、
 ぬるぬるとして赤いものが、
 糸のように引いてくるのを知った。」

黒猫を殺そうとすると、
それは自らに降りかかってくる。
この部分はまるでポーの「黒猫」です。

そもそもどうして朔太郎は
舞台を外国(ウォーソンという
人名から判断するに
英国もしくは米国でしょうか)に
設定したのかわかりません。
単に日本国内の設定では
黒猫が映えないし、
ピストルも似合わないから
なのでしょうか。
それとももしかしたら
この二人の作家を意識しての
ことだったのでしょうか。

いずれにしても「猫町」同様、
この世のこととは思えない、
妖しい世界の物語です。
詩人・萩原朔太郎の書いた小説は
「猫町」と本作品、そして
もう一篇の3作品しかありません。
そのすべてが現実ではない
夢物語なのです。
萩原朔太郎は都会を愛し、
都会に憧れながらも、
現実を逃れ、仮想空間で
羽ばたいたのかも知れません。

それなりに分別をわきまえた
大人のあなたにお薦めします。
秋の夜の読書にどうぞ。

(2018.9.7)

【青空文庫】
「ウォーソン夫人の黒猫」(萩原朔太郎)

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