時代の流れに逆らう痛烈な批判
「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
(萩原朔太郎)
(「猫町 他十七篇」)岩波文庫

日清戦争において、
玄武門の城壁をよじ登り、
門を乗り越えて敵中に降り立った
英雄・原田重吉は、
金鵄勲章を授章して
ふるさとに凱旋する。
しかし戦争で
酒と女の味を知った彼は、
田舎の味気ない暮らしに
もはや満足できなかった…。
文庫本わずか7ページ。
上下の2つの部分に分かれています。
上は重吉が日清戦争で
武勲を挙げるまで。
下は帰郷後、
落ちぶれて死ぬまでを描いています。
最初読んだときには、
作者・萩原朔太郎が何を言いたいのか
よくわかりませんでした。
最近、日清戦争について
調べる機会があり、その背景が少しずつ
わかるようになってきました。
まず原田重吉は
実在の人物であるということ。
「原田一等卒は
もとより死を決したることとて、
敵の動揺めく間に
得たりや応と身を翻すより疾く、
群らがる敵中に飛び入り、
銃剣を振るって当たるに委せて
衝き伏せ衝き伏せ、
猛虎のごとく奮闘せる中…。」
という当時の新聞の記載を
ネットで見つけました。
それとともに、
当時は兵士の美談が
多く生まれたということ。
進軍ラッパを吹きながら
戦死した木口小平。
勇敢なる水兵として
軍歌に歌われた三浦虎次郎。
近衛師団長として出征し、
戦病死した北白川宮能久親王。
富国強兵政策のもと、
メディアが政権に追従した
その最初期だったことがわかります。
さて、勲章をもらった
原田重吉はどうなったか?
「彼は放蕩に身を持ちくずし、
とうとう壮士芝居の一座に這入った。」
「賭博をして、
とうとう金鵄勲章を取りあげられた。
それから人力俥夫になり、
馬丁になり、
しまいにルンペンにまで零落した。」
この部分はおそらく
朔太郎の創作部分だと思われます。
政権と新聞社がこぞって軍神美談を
創り上げていた時期に、
厭世的な軍人記を書き表した朔太郎。
時代がもう少し遅かったら
抹殺されていたでしょう。
ルンペンにまで落ちぶれた
重吉はどうなったか?
「また眠りに落ち、
公園のベンチの上で
そのまま永久に死んでしまった。
丁度昔、彼が玄武門で戦争したり、
夢の中で賭博をしたりした、
憐れな、見すぼらしい
日傭人の支那傭兵と同じように、
そっくりの様子をして。」
日本の兵士も中国兵も、
たいしてかわりはない、と
時代の流れに逆らう
痛烈な批判となっているのです。
再び右傾化しはじめたこの国に、
本作品のような小説を書く作家は
果たしているのでしょうか。
〔本書収録作品一覧〕
猫町
ウォーソン夫人の黒猫
日清戦争異聞(原田重吉の夢)
田舎の時計
墓
郵便局
海
自殺の恐ろしさ
群衆の中に居て
詩人の死ぬや悲し
虫
虚無の歌
貸家札
この手に限るよ
坂
大井町
秋と漫歩
老年と人生
(2018.9.7)
〔追記〕
本文5ブロック6行目
「水兵」であるべきところが
「水平」と誤変換されたままでした。
修正しました。
ご指摘ありがとうございます。
(2023.1.9)

【青空文庫】
「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
(萩原朔太郎)
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