「蜃気楼島の情熱」(横溝正史)

状況的にはどう考えても、犯人は…。

「蜃気楼島の情熱」(横溝正史)
(「びっくり箱殺人事件」)角川文庫
(「人面瘡」)角川文庫
(「車井戸は何故軋る」)東京創元社

瀬戸内海の小島に
竜宮城のような豪邸を建てた
資産家・志賀泰三。
彼は財を成した米国の地で、
愛する妻を殺害され
その犯人にされかけた
苦い思い出をもっていた。
金田一が
泰三の屋敷に招かれた夜、
またしてもその妻・静子が
何者かに…。

横溝正史金田一耕助シリーズ
短編作品です。
金田一のデビューとなった
「本陣殺人事件」以来の、
パトロン・久保銀造の登場です。
もちろん磯川警部も参戦します。
「岡山」「小島」「訳ありの男」とくれば、
横溝特有のおどろおどろしい殺人事件が
起きるに決まっています。

【事件簿File-030「蜃気楼島の情熱」】
〔依頼人〕
該当なし
※結果として警察への捜査協力
〔捜査関係者〕
磯川警部…岡山県警警部。
〔事件関係者〕
志賀泰三
…竜宮城のような豪邸の主。
 米国帰りの資産家。
 米国で妻殺しの罪に問われたが、
 無実が証明されている。
志賀静子
…泰三の妻。元看護婦。
 何者かに殺害される。
お秋
…志賀の屋敷の使用人。
佐川春雄
…志賀の屋敷の使用人。
 ランチの運転手。
イヴォンヌ
…泰三の米国時代の妻。
 殺害され、その嫌疑が泰三にかかる。
樋上四郎
…泰三の友人。
 約二十年前にイヴォンヌを殺害した
 真犯人。服役後、
 泰三の屋敷に転がり込んでいる。
村松恒(つねし)
…泰三の親戚。島の医者。
 孤児である静子を養育していた。
 静子は村松医院の元看護婦。
村松滋
…恒の次男。静子のかつての恋人。
 病で亡くなる。右目は義眼。
村松徹
…恒の長男。滋の通夜の夜、
 泰三のランチを運転し、
 泰三・銀造・金田一を
 島まで送り届ける。
村松安子
…恒の妻。言動が過激。
村松田鶴子
…恒の長女。
 滋の通夜の翌日、腕を負傷。
久保銀造
…金田一のパトロン。
〔事件の発生〕
昭和29年(岡山県)
〔事件の概略〕
⓪(過去)アメリカ時代
・泰三の妻・イヴォンヌが殺害され、
 その嫌疑が泰三にかかる。
・泰三の友人・樋上四郎が犯行を認め、
 服役。
①村松滋の通夜の夜から翌朝
・泰三、通夜の席で静子の不倫を
 村松恒から打ち明けられ、激昂。
・銀造・金田一とともに、
 泰三、通夜から帰宅。
・明け方近く、寝室で
 静子が殺害されているのを発見。
②通夜の翌日以降
・磯川警部、捜査開始
・金田一、推理を磯川警部に伝達、
 事件解決。

本作品の味わいどころ①
現場には限られた人間のみ

屋敷は小島の中にあり、
現場には限られた人間のみなのです。
事件当時、
屋敷には殺害された静子のほかは、
泰三、銀造、金田一、樋上、
そして船の運転手として同行した
親戚の村松徹、
あとは女中・お秋だけなのです。
死亡推定時刻は夜中の十二時前後。
外部の犯行の可能性はほぼなし。
状況的にはどう考えても、犯人は
泰三か樋上以外に考えられないのです。

それにしても
そのシチュエーションが見事です。
泰三は二十年前、
アメリカで最初の妻・イヴォンヌを
同じように失っています。
その真犯人は、
泰三の友人の樋上四郎でした。
樋上はすでに刑期を終えて帰国し、
泰三のもとに身を寄せているのです。
一方、泰三は滋の通夜の席で、
滋と静子の不倫を知らされ、
激昂していました。
二十年前の米国での事件同様に、
樋上が殺害したのか、
それとも怒りに身を任せての
泰三の犯行なのか。
そのどちらかしか考えられないのです。

もしも真犯人が別にいるとすれば、
誰が、どうやって静子を殺したのか?
この、現場には限られた人間しか
存在していない中で行われた
殺人事件の謎こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
いかにも怪しげな医者一家

海をはさんだ村には、
泰三の親戚の村松家四人
(亡くなった滋を含めると五人)が
いるのですが、すべて怪しい面々です。
当主で医者の恒は、
泰三とこれまでも何度かもめています。
妻の康子は強欲であり、
それを隠そうともしていません。
長女・田鶴子は品がなく高慢、
母親譲りの性格です。
病死した次男・滋は、
静子とかつて交際していた相手であり、
泰三との結婚後も静子と
不倫を続けていたのだというのです。
唯一、通夜の夜に泰三・銀造・金田一を
島まで送り届けた長男・徹だけが
まともそうですが、
それ以外は死者も含めて怪しすぎます。
いかにも怪しげな村松家の中に
犯人がいるのか、それともやはり
泰三と樋上のどちらかの犯行なのか?
事件の謎解きを
金田一とともに考えることこそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
冴え渡る金田一耕助の推理

というわけで、当然のことながら
金田一の推理によって
事件は解決を見るのです。
その推理の見事さについては、
ぜひ読んで確かめてくださいとしか
言い様がありません。
現場から見つけた「証拠」をもとに
論理的に考えて答えを導く。
まさに本格的探偵小説となっています。

金田一耕助の事件簿

戦前の横溝作品は、
「推理」ではなく
「推測」「予想」を強引に推し進めたり、
「冒険活劇」に重きが置かれて
「推理」の出番がなくなったりした作品
(いわゆる「変格探偵小説」)が
いくつかありました。
金田一シリーズにも
そうしたものがありますが、
本作品は本格中の本格です。

それを引き立てているのが、
磯川警部との連係プレーなのです。
戦後、自白に証拠価値がなくなり、
物的証拠が最重要となったことを
金田一自身の口から語らせるとともに、
推理を金田一が、
実際の捜査(証拠集め)を
磯川警部(というより警察)が、
しっかり役割分担を行って
事件解決へとつなげているのです。
この、「推理」のみを専門に扱う
探偵・金田一耕助の冴え渡る推理こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

事件は解決するのですが、
志賀泰三は
若くして米国の地で妻を事件で失い、
今また故郷日本で
最愛の妻を失ったのです。
事業で成功しても
愛を得ることはできなかった男の悲哀が
強烈です。
金田一シリーズにおいては
目立つことが少ないのですが、
際立った「旨味」を持つ本作品です。
ぜひご賞味ください。

(2018.9.10)

〔「びっくり箱殺人事件」角川文庫〕
びっくり箱殺人事件
蜃気楼島の情熱

〔「人面瘡」角川文庫〕
眠れる花嫁
湖泥
蜃気楼島の情熱
蝙蝠と蛞蝓
人面瘡

〔「車井戸は何故軋る」東京創元社〕
恐ろしき四月馬鹿
河獺
画室の犯罪
広告人形
裏切る時計
山名耕作の不思議な生活
あ・てる・てえる・ふいるむ
蔵の中
猫と蝋人形
妖説孔雀樹
刺青された男
車井戸は何故軋る
蝙蝠と蛞蝓
蜃気楼島の情熱
睡れる花嫁
鞄の中の女
空蟬処女

〔追記〕
角川文庫が新しくなった際、
本作品は他の短篇とともに
作品集「人面瘡」に収録されました。
2022年1月、
もともと本作品を収録していた
「びっくり箱殺人事件」が復刊し、
両方に収録される結果となりました。
「びっくり箱殺人事件」の復刊は
嬉しいのですが、
できれば「人面瘡」も
十年前に限定発売された表紙カバー版
(杉本一文の絵がトリミングでなく
フル収録されたもの)も
復刊してほしいものです。
現在の漢字一文字デザインは
消費者を舐めているとしか思えません。

(2022.1.29)

〔関連記事:金田一シリーズ〕

「生ける死仮面」
「鏡の中の女」
「蝙蝠男」

〔横溝ミステリはいかが〕

おどろおどろしい世界の入り口
Benjamin CによるPixabayからの画像

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「悪魔の舌」
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