「路傍の石」(山本有三)

未完成でも良いものは良い!

「路傍の石」(山本有三)新潮文庫

学問に秀でながらも
貧しさゆえに中学に
進学することができなかった吾一。
彼は人生の矛盾と悲哀を感じながら
奉公先で辛い日々を送る。
やがて母の死を期に、
ただ一人上京した彼は、
見習いを経て
文選工となってゆく…。

クラシック音楽には、未完成なのに
なぜか堂々と世の中に出て、
大手を振っている作品が多数あります。
シューベルトのその名もずばり
「未完成交響曲」。
2楽章ながら
甘美な旋律が特徴の交響曲です。
モーツァルトの「レクイエム」。
これも未完成ですが、
弟子やら学者やらが
あれこれ付け足しして、
一応完成したものとして
演奏されています。
プッチーニの壮大なオペラ
「トゥーランドット」。
これも誰かが補作して
形を成しています。

さて文学の世界ではどうでしょうか。
一番有名なのは
漱石の「明暗」なのですが、
本作品もまた未完成です。
この作品は、
主人公・吾一の少年時代の一節が、
道徳の副読本に、
長きにわたり掲載され続けました。
そう、「吾一と京造」です。
四十代以降の中学校教員であれば、
一度は道徳授業で取り上げた
経験のある資料だと思います。
その一節を含んでいるのが、
この「路傍の石」なのです。

作者・山本有三は、まさに道徳的です。
不純なものを一切含みません。
芥川や太宰のような
ドロドロしたところの全くない、
純粋な精神の作家です。
「心に太陽を持て」をはじめとして、
爽やかな読後感に浸れる作品を書く、
数少ない邦人作家です。
それを期待して読み始めました。

主人公の吾一少年は、
家の貧しさから丁稚奉公に出されます。
苦労、苦労、また苦労の連続です。
つい想像してしまいます。
ああ、この苦労があるから、
大人になった吾一は
幸せをつかむのだ。
若いときの苦労はやはり大切だ…。
それが何と…、
吾一が幸せをつかむ前に
作者が筆を折ってしまったのでした。
吾一は幸せになるのではないのか?
続きはどこを読めばいいのだ?
やり場のない疑問と不安と怒りが
込み上げてきました。

でも、やはり良い小説は良いのです。
全編から作者の人柄が滲み出ています。
感動する要素が
そこここに埋め込まれています。
さすが山本有三です。

素晴らしい作品であることに
間違いはないのですが、
しかし…、中学生に薦めることには
自信がありません。
578ページを読みきっても、
尻切れトンボでは
達成感が得られないでしょうから。 

(2018.9.12)

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