何ともいえないロマンスに満ち溢れている
「X夫人の肖像」(横溝正史)
(「血蝙蝠」)角川文庫

妙子が興奮しながら
夫・隆吉へ持ってきた新聞記事。
そこには美術展の
話題作の絵画が載っていた。
「X夫人の肖像」と
名付けられたその絵は、
五年前に失踪した
お澄にそっくりだった。
隆吉と妙子は
展覧会へ出かけたが、
肖像画は…。
新聞に載っていた絵画が、
失踪した自分の友人・お澄に
そっくりだった。
描いた画家は彼女の失踪の秘密を
知っているに違いない。
そこで夫妻は
展覧会に出かけるのですが、
肖像画は何と、
何者かに盗み出されていたのです。
見知らぬ画家が
五年前に失踪した女性の肖像画を描き、
それが盗み出される。
当然そこに事件が潜んでいるのです。
本作品の味わいどころ①
失踪したお澄の幸せな結婚と
その終わり
お澄は、妙子の友人であり、
妙子の伯父・晋作と結婚していました。
二十四歳のお澄に対して
晋作はもうすぐ六十路、
親子以上に年の離れた二人でしたが、
お互いしっかりと
愛し合っていた夫婦でした。
晋作は亡くなった前妻が
ひどくヒステリックな女性で、
長年煉獄の苦しみを味わいながらも、
周囲にそれを一言も洩らさず
誠実な生活をしてきた立派な紳士です。
劇団の仕事を続けたいという
お澄の考えにも理解を示し、
夫婦仲は円満でした。
ところがお澄の
劇団仲間の男・殿村が現れ、
その関係が壊れてしまったのです。
お澄の失踪の原因は?
本作品の味わいどころ②
肖像画を描いた画家の述懐
肖像画が盗まれた展覧会場で、
夫妻はそれを描いた
画家・八木と出会います。
八木の口からは
意外な事実が明かされます。
それを書いてしまうと
致命的なネタバレになります。
ぜひ読んで確かめてください。
本作品の味わいどころ③
悲しくもいとおしい純愛物語
結末は悲しい事実で終わります。
しかしながら、そこにはしっかりと
純愛物語が存在しています。
これもぜひ読んで確かめてください。
戦後の本格的探偵小説としての
作品群とは味わいが異なります。
全ては八木の口から語られるため、
謎解きの要素は
薄いと言わざるを得ません。
お澄の失踪についても
詳しく解き明かされてはいないのです。
それでいながら、本作品は
何ともいえないロマンスに
満ち溢れているのです。
戦前の横溝は、
同時代の乱歩の路線とも異なり、
また後年の自身の作風とも重ならない、
極めて魅力的な作品世界を
創造していたのです。
膨大な作品を残し、
それらが年代とともに
その味わいが変遷している。
それが横溝作品を読む
醍醐味といえるでしょう。
(2018.9.15)
