「女怪」(横溝正史)

金田一耕助の恋愛と失恋、再び

「女怪」(横溝正史)(「悪魔の降誕祭」)
 角川文庫

作家の「私」とともに
温泉宿で静養していた
探偵・金田一耕助は、
そこで最近墓荒らしが
相次いでいることを聞く。
墓場の近くには噂の祈祷師・
跡部の修験場があった。
「私」と金田一は
その跡部が墓場から何かを
持ち出すところに遭遇する…。

横溝正史
金田一耕助シリーズの一篇です。
短篇ながら、
横溝ファン、金田一ファンは
見逃すことのできない
作品となっています。
なぜか?
そこには金田一の恋愛と失恋が
描かれているからです。

【事件簿File-013「女怪」】
〔依頼人〕
持田虹子
…バー「虹子の店」のマダム。
 金田一に恋人・賀川春樹の捜索を
 依頼する。金田一が恋した女性。
〔捜査関係者〕
登場せず
※特に事件として扱われず
〔事件関係者〕
持田恭平
…虹子の夫。持田電機社長。
 脳溢血で死亡。
跡部通泰
…「狸穴の行者」と名乗る話題の祈祷師。
 持田の墓の中から「何か」を持ち出す。
 虹子を恐喝する。
賀川春樹
…虹子の恋人。貿易商。元海軍中佐。
 行方不明となる。
おすわ
…宿屋「柏木」の女将的存在。
「私」(先生)
…語り手。金田一耕助の記録係となる
 小説家(=横溝正史)。
〔事件発生〕
昭和25年(静岡・伊豆)
〔事件の概要〕
①「私」と金田一、伊豆N温泉に投宿。
②「私」と金田一、
 「墓荒らし」の実態調査中、
 跡部通泰が持田の墓の中から
 「何か」を持ち出すのを目撃。
③金田一、
 虹子が跡部に恐喝されていること、
 虹子に賀川という恋人ができたことを
 確認。
④跡部、脳溢血で死亡。
⑤「私」、金田一から事件の経緯を
 知らせる手紙を受け取る。

本作品の味わいどころ①
金田一耕助の恋愛と失恋、再び

何といっても一番の味わいどころは、
金田一の恋愛と失恋が
描かれていることです。
金田一が愛した女性は
バー「虹子の店」のマダム。
彼女の形容として
「ほっそりとして華奢」
「白い、透きとおるような肌」
「強靭な意志と、沈潜した情熱」
といった文言が並んでいます。
これが金田一耕助の
好みの女性像だったのです。

残念なことに、金田一が虹子に
アタックする場面は描かれていません。
というよりも、
金田一は何もしていないのです。
グズグズしている間に、
虹子には賀川という恋人ができます。

賀川という男、
「元子爵の息子」で
「海軍中佐だった」という、
家柄も身分も申し分ない上に、
「背も高く、胸も厚かった」
「浅黒い顔は彫りがふかく」
「男らしい精気にあふれていた」
「着こなしも上品」ときているのですから
金田一に
勝ち目があろう筈がありません。
金田一は静かに身を引くのです。

金田一はなぜ虹子に
告白しなかったのか?
賀川の出現前であれば、
虹子を射止めることも
不可能ではなかったはずです。
それについて思い出されるのは
「獄門島」のエピローグです。
「昨日耕助は早苗さんにむかって、
 東京へ出る気はないかと誘うてみた。
 この唐突な申し出に、
 早苗さんはびっくりして、
 つぶらな眼をみはったが、
 やがてそのことばのうらにある
 意味をくみとると、
 しだいに眼を伏せ…」

つまり、恋心を伝えた瞬間に、
金田一は即、失恋しているのです。
それがトラウマとなった可能性は
大きいのではないかと思われます。

INDEX 金田一耕助の事件簿

何もできないままに
二度目の失恋を味わった金田一。
しかしその痛手は
前回の数倍強烈なものとなっています。
この、金田一耕助二度目の
恋愛と失恋こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
肉親のように金田一を語る「私」

本作品の特徴は、金田一と作家「私」の
交流が描かれていることです。
「私」とはもちろん横溝自身のことです。
他作品にも登場し、
場合によっては「S.Y.先生」などと
表されることもあるのですが、
その交流場面の大きさでは
本作品が第一となるのです。
なにしろ本作品では、金田一とともに
事件に踏み込んでいるのですから。
他作品では冒頭のみに登場しただけで、
事件本編では語り手を降りることが
ほとんどでしたが、本作品では
最後まで語り手を務めています。

冒頭部分では、
金田一の探偵能力の高さを語りながら、
それ以外の「商才」や「生活力」の
欠如について
優しくいたわるように説明しています。
さらに金田一の失恋の場面には、
人生の先輩として優しく見守り、
その気持ちに寄り添おうとしている
様子がしっかりと現れているのです。
作者自身が作中に現れ、
自身の口から語ることにより、
架空の人物であるはずの金田一が、
生身の身体を持って
読み手に迫ってくるのです。
この、肉親のように金田一を語る
「私」の存在こそ、本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
どこに事件が?二つも殺人が!

さて、金田一と「私」という
二人の人物に着目しましたが、
そもそも本作品に描かれている
「事件」とは何か?
「事件の概要」に記した中では、
「墓荒らし」と「恐喝」ぐらいしか
触法行為は見当たりません。
実は殺人事件が潜んでいるのです。
しかも二件。
そうです。
医者ですら脳溢血と判断した
殺人事件の真相を、
金田一は見事に解明するのです。
この、影に潜んでいた事件すら
解明してしまう金田一の探偵術こそ、
本作品の第三の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

事件解決、しかしそれは同時に
自らの恋愛の消滅でもあったのです。
ミステリというよりは
「人間ドラマ」と呼ぶべき味わいです。
金田一シリーズの異色作、
ぜひご賞味あれ。

(2018.9.18)

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(2026.7.22)

〔別名作品「女怪」について〕
横溝には「女怪」というタイトルの
作品がもう一つ存在します。
内容は一切関連のない
未完成作品です。
論創社の「横溝正史探偵小説選Ⅴ」に
収録されています。

〔「悪魔の降誕祭」角川文庫〕
悪魔の降誕祭
女怪
霧の山荘

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