初期作品から読み取る横溝らしさの片鱗
「丘の三軒家」(横溝正史)
(「横溝正史ミステリ
短篇コレクション①」)柏書房
「丘の三軒家」(横溝正史)
(「恐ろしき四月馬鹿」)角川文庫
丘の上に建ち並ぶ三軒の洋館。
住んでいるのは山田畑三郎、
多賀長兵衛、
そして「私」であった。
ある朝、
多賀の自宅勝手口付近の井戸から
多賀自身の遺体が発見される。
警察は事故死と断定するが、
その後、
多賀の息子が移り住み…。
横溝正史初期の短篇ミステリです。
大正十四年発表ですから、
「恐ろしき四月馬鹿」でデビューした
その年の作品ということになります。
お世辞にも「傑作」とはいえない
作品ですが、本作品もまた、
横溝の小説創作過程を知る上で
貴重な作品と考えられます。
【主要登場人物】
水野千太郎
…「私」。語り手。
三軒家のみすぼらしい一軒に住む。
山田畑三郎
…三軒家の旧母屋に住む。
四十過ぎの金持ち。
多賀長兵衛
…初老の男。三軒家に住む。金持ち。
多賀新一郎
…長兵衛の息子。後に移り住む。
本作品の読みどころ①
事件の舞台設定の妙
舞台となる丘の三軒家は、もともとは
一見の屋敷であったところを、
持ち主が売り払う際に
三分割したというものです。そして
トイレやキッチンといった空間を、
旧母屋以外の二軒に
建て増しした関係上、
三軒ともかなり歪な構造に
なっているのです。
さらに、山田家は旧母屋、
多賀家もそれに連なっていた家屋、
「私」宅だけが使用人用の建物であり、
粗末な造りになっているという、
一癖も二癖もある物件なのです。
残念ながら本作では、その構造は
まったく生かされていません。
しかし、そうした舞台設定を
デビュー当時から
構想していたからこそ、
後の「迷路荘の惨劇」や
「犬神家の一族」のような作品が
生み出されたと考えられるのです。
本作品の読みどころ②
影を持った多彩な登場人物
山田家は当主・畑三郎が
人を食ったような薄気味の悪さを抱え、
妻は病的なヒステリー持ち、
獰猛なブルドッグを飼っているという
家族構成(娘と使用人あり)、
多賀家は
肺病を患う長兵衛の一人暮らし。
かつては相当な遊び人。
現在は金魚づくりに腕を振るっている。
「私」だけが貧しい所帯。
「私」も含めて、怪しい面々であり、
それらが丘の三軒家という
他とやや隔離された空間で
生活しているのです。
何か起きないはずがありません。
この怪しげな登場人物設定も、
残念ながら不発に終わっています。
むしろ限定された人間関係であり、
一人が語り手であるため、
他殺だとすれば
犯人がすぐ特定されるという
不利な方向に作用しているのです。
でもこれも同様です。
こうした特色ある人物を
創作していたからこそ、
後に「八つ墓村」や
「悪魔が来たりて笛を吹く」といった、
登場人物すべてが犯人に思えるような
優れたミステリ作品が誕生したのです。
消化不良なのは仕方ありません。
デビュー当時というだけでなく、
探偵小説というジャンルそのものが
未成熟だった
大正末期の作品なのですから。
それよりも横溝らしさの片鱗を
読み取ることが愉しみに繋がります。
※なお本作品は、
1925年に発表されましたが、
1930年には改稿され、
「死屍を喰う虫」として
再発表されています。
※柏書房
「横溝正史ミステリ短篇コレクション
①恐ろしき四月馬鹿」収録作品一覧
恐ろしき四月馬鹿
深紅の秘密
画室の犯罪
丘の三軒家
キャン・シャック酒場
広告人形
裏切る時計
災難
赤屋敷の記録
悲しき郵便屋
飾り窓の中の恋人
犯罪を猟る男
執念
断髪流行
山名耕作の不思議な生活
鈴木と河越の話
ネクタイ綺譚
夫婦書簡文
あ・てる・てえる・ふいるむ
角男
川越雄作の不思議な旅館
双生児
片腕
ある女装冒険者の話
秋の挿話
二人の未亡人
カリオストロ夫人
丹夫人の化粧台
(2018.9.20)
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