ある意味、文学的ですらあります
「疑惑」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第1巻」)光文社文庫

酒と女に散財してきた「父親」が、
自宅の庭で
何者かに殺害される。
警察は最初、
外部の犯行とみるが、
全ての容疑者の嫌疑が晴れる。
以来、残された
「おれ」「兄貴」「妹」「母親」
一家4人は、お互いがお互いを
疑うような気まずさが流れ…。
あまり注目されることのない
初期短篇ですが、
乱歩の実験的な要素が豊富にあり、
読み応えがあります。
本作品の面白さ①
「おれ」と「友人」の
二人の会話だけで綴られるミステリ
文庫本にして33頁ですが、
それがすべて「おれ」と「友人」の
二人の会話だけで綴られていきます。
一方的な「おれ」視点から
語られるとともに、
「友人」が底知れぬ恐怖を
感じている様子が
読み手にひしひしと伝わってきます。
放送劇の脚本にでもなりそうな
作品構成なのです。
本作品の面白さ②
「おれ」の疑惑が
次第に内側へと移行するミステリ
短篇ながら
五章の章立てがなされています。
「一、その翌日」「二、五日目」
「三、十日目」「四、十一日目」
「五、約一ヶ月後」となっているのです。
章を追うごとに、「おれ」の疑念は
「一」外部犯行説
→「二」家族に対しての漠然とした疑い
→「三」兄・妹・母親すべて怪しい
→「四」家族から自分までも疑われている
→「五」…と続くのです。
疑惑は内側へと絞られていきます。
では、「五」での疑惑の対象は?
ぜひ読んで確かめてください。
ここがこの作品の肝なのです。
本作品の面白さ③
最後に大きな謎が
解き明かされるミステリ
その肝の部分が解明される「五」ですが、
面白さ①の作品構成の効果が大きく、
驚きの結末となります。
探偵小説にはいくつか
こうした展開がありますが
(横溝正史「夜歩く」等)、
もしかしたら本作品が
最初のものかも知れません
(黎明期のミステリについて
詳しくないので間違っているかも
知れませんが)。
「そろいもそろって
無類の善人ばかりだった。
その中で、たった一人の悪人は、
皆を疑っていた…」
この最後の一文が
強烈な印象となって残るはずです。
最後の大どんでん返しが
分かってしまえば
再読に値しない作品が多い中、
私は本作品をこれまで十回以上
読み返しています。
読む度に新鮮な発見のある作品です。
ある意味、文学的ですらあります。
江戸川乱歩の隠れた逸品です。
「猟奇性」や「変質性」が
前面に出る以前の乱歩作品を、
ぜひお楽しみください。
(2018.9.21)

【青空文庫】
「疑惑」(江戸川乱歩)