心理的一人芝居とでもいうべき乱歩第三作
「恐ろしき錯誤」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第1巻」)光文社文庫

火災で妻を失った北川。
後日彼は、
妻が家から脱出したものの、
誰かと話をした後、
突然燃えさかる火の中に
飛び込んだという話を聞く。
彼は妻を死に追いやった
人物を特定し、その人物に
精神的な打撃を与えようと
一計を案ずる…。
「二銭銅貨」「一枚の切符」に続く
江戸川乱歩の第三作にあたる作品です。
付録の「自作解説」には、
「この三番目の作で自分の力に
あいそをつかし」たとあるのですが、
どうしてどうしてなかなかの力作です。
主人公・北川の心理的一人芝居とでも
いうべき形態であり、
現在読んでも読みごたえがあります。
本作品の味わいどころ①
北川の狂気
この北川は学者肌であり、
落ち着いていて教養も高い青年です。
しかし無愛想な性格であり、
コミュニケーションは
苦手なのでしょう。
集中力が異常に高く、その分、
思い込みが激しい、
つまり偏執狂的な性格なのです。
この北川に与えられた「狂気」が、
本作品を異様な雰囲気で
包み込んでいるのです。
本作品の味わいどころ②
執念の復讐劇
当然、妻の死に不審を抱いた彼は、
妻の死が巧妙な殺人であることに
思い至ります。したがって
彼が練りに練った復讐の方法もまた
偏執狂的な異様なものなのです。
その内容は、
ぜひ読んで確かめてください。
本作品の味わいどころ③
最後のどんでん返し
その北川の執念が実を結んだかに
見えたのですが、
最後に落とし穴がありました。
妻を死に追いやったのが
「脳内の盲点」をついた
策略であったとすれば、
緻密に見えた北川の謀略もまた
「脳内の盲点」から
もろくも崩れ去ったのです。
本作品の味わいどころ④
謎の彼方の真実の行方
北川の妻の死は、北川が考えるように
誰かの策略だったのか?
だとすればそれは北川の考えたように
同窓生・野本の仕業だったのか?
それともそのような事実は全くなく、
北川の単なる思い込みに
過ぎなかったのか?
最後のどんでん返しにより、
真相は謎のまま
物語は幕を閉じるのです。
この作品を出版社に送った乱歩は、
いつまでたっても
雑誌掲載されないことで自信を喪失し、
この年(大正12年)は他の作品を
結局は書かずじまいとなりました。
ここでくじけていたら
作家・乱歩は誕生せず、
明智小五郎も怪人二十面相も
生まれていなかった
可能性があるのです。
作品は幸いにも年末に掲載となり、
乱歩はその後、
「二癈人」「双生児」と書き続け、
さらに「D坂の殺人事件」「心理試験」へと
つながっていったのです。
(2018.9.23)

【青空文庫】
「恐ろしき錯誤」(江戸川乱歩)