「硝子戸の中」(夏目漱石)

漱石の人柄が滲み出たような淡々とした文章

「硝子戸の中」(夏目漱石)新潮文庫

何度読んでもいい文章です。
夏目漱石の随筆集。
病を患い、静養中に書かれたもので、
自宅の「硝子戸」の「中(うち)」から
見える世間と
自分との関わりをもとに綴った、
39編の随想録です。

小説家というのは、
孤高の生活を送っていたものと
考えていましたが、
これを読むと
全く違うということがわかります。
見も知らぬ一般人と、
かくも積極的に
関わりを持っていたとは。
裏表紙に書かれてある宣伝文句。
「漱石を一番困らせたのは
 遠慮を知らぬ読者の方々だった」

この一言に尽きます

夜の11時まで
漱石の書斎で身の上話をする女。
自分の書いたものを
読んでくれと押しかける客。
短冊に句を書けだの
詩を書けだのと
いきなり要求する手紙。
文豪にこんな苦労があったなんて。
作家と一般人の距離が近すぎます。
明治・大正という時代は
こうした状況が一般的だったのか、
それとも漱石が寛容だったのか。
現代の村上春樹あたりは
どうなのでしょう。

個人的には28編目が好きです。
猫に係わる文章で、
「吾輩は猫である」の初代飼い猫から
数えて3代目、
当時飼っていた黒猫の回想。
漱石は猫が好きだったのでしょう。

そして、もう一つ、
本作品を読むたびに考えてしまうのが、
漱石の友人「O」氏です。
この方は漱石の東大での同級生、
太田達人氏(1866-1945)であり、
教育者です。
9編目に、
彼との交友が書かれてあります。
本文中にもあるのですが、
太田氏は中国の学校に採用になったあと、
私の居住する県の
中学校(現在の高校)の校長、
それも私の卒業した
横手高校の校長(5代校長)として
赴任しているのです。

本作品には一切書かれていませんが、
太田氏は任期途中で
秋田中学から横手中学へ異動、
さらに任期途中でその後、樺太へ転任。
学歴とはかけ離れた
不遇な経歴を歩まざるを
得なかった人物なのです。

話題が横道にそれてしまいましたが、
そうした経緯もあり、
折りにふれて読み返しています。

人柄が滲み出たような
淡々とした文章の中に、
漱石特有の慈愛に満ちたまなざしが
見え隠れします。
タレントの書いた
つまらないエッセイなど無視して、
ぜひ本作品を
味わって欲しいと思います。

※以前読んでいた文庫本が水に濡れて
 ふにゃふにゃになってしまい、
 新しいものを買い直しました。
 買って気がついたのですが、
 新潮文庫の夏目漱石の表紙、
 マイナーチェンジしてました。
 安野光雅の装丁画はそのままに、
 全巻統一感を持たせています。
 裏表紙も
 スタイリッシュになっています。
 それ以来、一つ一つ買い換え、
 この表紙で揃えてしまいました。

(2018.10.2)

【青空文庫】
「硝子戸の中」(夏目漱石)

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