「わかれ」(国木田独歩)

やるせない思いの結実のよう

「わかれ」(国木田独歩)
(「武蔵野」)新潮文庫

恋愛の痛手を癒やすために、
静かな僻地の別荘に
独居する田宮峰二郎。
彼がその地に住み始めてから
一年半が経過していた。
彼はついに外国へと旅立つため、
その住み慣れた場所へ
別れを告げようと決意する…。

彼は松本治子という女性に恋をし、
お互いの思いが一致するのですが、
結婚には至りませんでした。
相手の両親が
それを認めなかったのです。
その理由は
「相恋うるが故にこの恋は許さじ」。
恋愛によって結ばれるのは許さない、
親の決めた相手とでなければ
結婚は有り得ない、という、
恋愛そのものを否定する
封建的な考え方からなのです。

彼はそのために隠棲するのです。
彼女のことを忘れ、
自分の文才と画才を生かして
身を立てる準備をしていたのです。
それから一年半。
彼女から届いた手紙(そこには
永遠の別れを告げる由が
書かれていた)が
彼に気付かせるのです。
「われ君を思い断たんと
 もがきしはげに愚かの至りなりき。
 われ君を思うこといよいよ深くして
 われますます自ら欺かんと企てぬ。
 思い断ち得て
 しかして得るところは何ぞ、
 われにも君にも永くいやし難き
 心の傷なるべし。」

忘れようとして、
ますます深い思いが募る。
自らを欺いて得たものは心の傷のみ。
青年・田宮の心の叫びが悲痛です。

悲嘆に暮れるのなら
駆け落ちという手も
あるではないかという声が
聞こえてきそうです。
現代的な尺度で考えてはいけません。
その当時はそうした結婚観が
当たり前であり、
資産家の家であればなおさらなのです。

さて、本作品が発表されたのは1898年、
名作「武蔵野」と同じ年です
(作品集「武蔵野」に収録)。
これに先立つ1895年、
驚くことに作者・国木田独歩
最初の妻となる佐々城信子と
駆け落ち同然の結婚を
果たしているのです。
もっともこの結婚生活は、
あまりの貧困に耐えかねた
信子の出奔により、わずか5ヵ月で
幕を閉じることとなりました。

結ばれないまでも、お互いの思いを
美しいままで残した本作品。
駆け落ちという強引な方法で得た妻に
逃げられるという現実を
突きつけられた国木田の、
やるせない思いの
結実のように思えてなりません。

なお、本作品は「武蔵野」同様、
かの地の美しい風景の描写を
味わうことも
読みどころとなっています。
高校生にぜひ薦めたい作品です。

※その離婚騒動と
 本作品の関係については
 まだ調べていません。
 国木田の著作「欺かざるの記」に
 その経緯が
 綴られているようでしたので、
 後日読んでみたいと思います。

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(2018.10.5)

【青空文庫】
「わかれ」(国木田独歩)

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