作者・押川春浪の苦心の跡がうかがえます
「南極の怪事」(押川春浪)
(「押川春浪幽霊小説集」)国書刊行会

「南極の怪事」(押川春浪)青空文庫

科学者モンテス博士が、
秘密裏に南極探検船で出航する。
その二ヶ月前、
博士の二人の娘たちが、
古い時代の手紙が入った
ビールの空き瓶を拾っていた。
その手紙の記録者は、
遙か昔に冒険の末、
地球の果てに
流れ着いたのだという…。
またまた押川春浪の明治冒険
エンターテインメントの炸裂です。
手紙を記したのは
エスパニアの旅行家ラゴン氏。
世界一周したにも飽き足らず、
モロッコから出航しようとしていた
異様な船に乗船。
航海途中に海賊の襲撃に遭い、
乗員7名全員死亡。
直後の異常気象により、
襲来した海賊もまた全員死亡。
ラゴン氏はたった一人で
船の流れるまま、地球の果ての
極寒の地へ到着するのです。
例によって
突っ込みどころは山ほどあります。
なにせ明治の時代に書かれた
SF小説ですから。
細かいところはさておき、
注目すべきは南極の描かれ方です。
「永久の夜と云う事が
この地球上にあり得べきや、
しかりあり、
いまだ見し人はなしと云えど、
この地球上―人間の
行くあたわざる果に到れば、
そこには昼なく
常に夜のみと云う事をかつて聞けり。」
これはおそらく白夜のことでしょう。
「船は瞬間も休まず
地球の果に向って走りつつあるなり、
ああこの船の行着く先はいずくぞ、
今は真珠の多く取れると云う
絶島に流れ寄らんなどとは
思いもよらず、
地球の果には一大氷山ありと云う」
これが南極大陸なのです。
「オオ光!光!
この場合光ほど懐かしきものはなし、
あれは太陽がふたたび
我が眼前に現われしかと見直せば、
何時の間にかその光は
波間に消えて跡もなし、
これ南極にときどき現われると云う、
海上の燦火ならん」
もちろんオーロラです。
「その寒さの増すにしたがい、
余はかたわらに、
積まれたる毛布を取って、
数十枚の毛布を着尽したり、
身動きも出来ずなったれど、
寒さはなおやまず」
どれだけ寒いのか、
こうでも書かないと
伝わらなかったのでしょう。
現代の私たちが読むと、
その仮名遣いも含めて
滑稽にしか感じられないのですが、
当時(明治38年)の中学生にとっては
大スペクタクル冒険浪漫小説で
あったに違いありません。
もしかしたら私たちが映画館で
スターウォーズや
シン・ゴジラを観る以上の
インパクトがあったのかもしれません。
数々のSF作品を
先駆的に書き上げた押川。
科学的知見は
豊富だったに違いありません。
それをいかに
当時の学問の浅い少年少女に伝えるか?
苦心の跡がうかがえます。
青空文庫でどうぞ。
〔青空文庫〕
「南極の怪事」(押川春浪)
(2018.10.7)
〔追記〕
なんと、新刊本で出版されました。
感動です。
アイキャッチ画像を変更しました。
〔「押川春浪幽霊小説集」〕
万国幽霊怪話
幽霊旅館
黄金の腕環
南極の怪事
幽霊小家
付録一 酒に死せる押川春浪
付録二 余の見たる押川春浪
付録三 押川春浪関係年譜
〔押川春浪の本はいかがですか〕
(2023.8.27)

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