よし、月だ、月にしちゃえ!そんなノリ
「月世界競争探検」(押川春浪)青空文庫

飛行船は始めその両翼を
静かに動かしながら
徐々に上昇しつつあったが、
次第にその速力を早めて来た、
秋山男爵は東の方へ、
雲井文彦は西の方へと
針路を取って進んで行く。…。
二人の若者は飛行船に乗って
一体どこへ行くのか?
答えは「月」です。
えっ!?飛行船で月ですか?
無理もありません。
これは明治時代に書かれた
SF小説ですから。
明治40年、
月探検に向かったまま消息を絶った
篠山博士を救出するため、
秋山男爵、雲井文彦の二人の青年が
それぞれの飛行船に乗って
月世界へと出発する…。
著したのは押川春浪。
先日紹介した「海底軍艦」の作者です。
ストーリーは単純明快です。
二人が博士救出競争を演じたのは、
博士の娘と結婚したいため。
爵位をもつ秋山は
貴族だが底意地の悪い男、
はっきり言って悪役です。
もう一方の雲井は博士の遠縁であり、
博士の娘に以前から恋心を
抱いていた純粋な男性、
つまりは善玉=主人公です。
先に月に到着するのは雲井青年。
探索の末、博士を洞穴で発見。
衰弱した博士を
今動かすのは危険と考え、
従者をその場に残し、
飛行船を取りに戻る雲井。
その隙を突かれ、
遅れて辿り着いた秋山に
博士を拉致される。
そこから繰り広げられる
飛行船vs飛行船の大激突。
ついに両者は一対一の一騎打ちに出る!
飛行船で月へ行けるのか!
月へ向かうのに
東や西の方角は関係ないだろ!
月に空気はないぞ!
加えて植物もないぞ!などと
野暮な突っ込みを入れてはいけません。
明治40年代に本作品を読んだ人間の
何人がそんなことに
気が付いたでしょう。
そもそも舞台が月である必要など
まったくないのです。
果てなき砂漠でも、未開の密林でも
恐怖の魔境でも、何でも良かったのです。
でも押川春浪が選んだのは「月」。
う~ん、砂漠も密林も魔境も、
今一つインパクトに欠けるなあ、
よし、月だ、月にしちゃえ!
そんなノリを感じてしまいます。
本作品発表は1907年(明治40年)。
ペリーが黒船で来航したのは1853年、
まだ50年ちょっとしか
経っていないのです。
そんな時期に、月を舞台に
作品を書こうとしたこと自体、
かなりセンセーショナルです。
大正3年には38歳の若さで亡くなった
日本初のSF作家、押川春浪。
その作品はあまりにも面白すぎます。
青空文庫でどうぞ。
(2018.10.7)

【青空文庫】
「月世界競争探検」(押川春浪)
