そこがなおさら人間臭いのです
「富岡先生」(国木田独歩)
(「牛肉と馬鈴薯・酒中日記」)新潮文庫
華族になることの
叶わなかった富岡先生は、
頑固で偏屈な老人。
一緒に暮らしているのは
器量好しの末娘・梅子。
かつての弟子の大津が帰郷し、
梅子との縁談を申し込むが、
彼は高慢な先生に愛想を尽かし、
他家の娘と結婚する…。
国木田独歩。朴訥な文体。
飾り気のない文章。だからこそ、
私は国木田独歩の日本語が
美しいと感じるのです。
それが最もよく現れているのが
本作です。
爵位を取った大津・高山・長谷川の三人。
その三人を凌ぐ力をもちながら、
家計の都合で学士を取れなかった
小学校校長細川繁(27歳!)。
富岡先生の弟子たちは
このような面々です。
三人の学士の中で
真っ先に帰郷した大津は、
他家の娘と結婚しました。
その披露宴を蹴った富岡先生は、
梅子を高山か長谷川に
嫁がせようと上京、
しかしそこでも両者と衝突します。
帰ってきてからは毎晩
細川を呼んで愚痴をこぼすのです。
富岡先生と3人の弟子との軋轢の原因は、
ひとえに富岡先生の
やっかみなのでしょう。
本来なら、弟子の立身出世を喜ぶのが
師としての在り方なのですが、
東京で冷遇された富岡先生は、
その東京で身を立てた3人に対して
冷静になれないのです。
そして爵位や学位などものともせずに
生きられればいいのですが、
どうしてもそこに
固執してしまうのです。
細川が梅子に
好意を持っていると知ると、
「おまえはたかが
小学校の校長じゃアないか。
おなじおれの塾に居た者でも
高山や長谷川は学士だ、
それにさえおれは
娘をやらんのだぞ。
身の程を知れ!馬鹿者!」
そこがなおさら人間臭いのです。
人間の素顔が鮮明に描かれています。
もちろん細川は、
最後は梅子と結ばれます。
死に瀕した富岡先生は、
細川を呼び戻し、
梅子を彼に嫁がせます。
死期が迫って
切羽詰まったのではないと思います。
富岡先生は細川に、
学があるのに不遇である自分を
見いだしたのでしょう。
富岡先生も細川も
不運かつ不器用な人間です。
学問に秀でながら、
人に認められる機会のなかった者同士。
むしろ出世できなかったことに
一片の不満も漏らさない細川に、
自分にない潔さを
感じたのではないでしょうか。
朴訥な文体から紡ぎ出される
素顔の人間模様。
国木田文学の真骨頂です。
高校生にお薦めします。
(2018.10.9)
【青空文庫】
「富岡先生」(国木田独歩)