旧時代の男と新世代の女との不整合
「置土産」(国木田独歩)
(「百年文庫046 宵」)ポプラ社

盆の宵、親も女房もいない
気楽な油売りの青年・吉次は、
茶屋の娘・
お絹を誘って出かける。
吉次は軍人として
大陸に渡る夢を持っていた。
そのことをお絹に
相談するつもりだったが、
吉次は話しそびれてしまう…。
内気な青年なのです、吉次は。
せっかくお絹を誘い出して田圃道で
二人きりになれたにもかかわらず
肝心な話を切り出せずじまい。
屈託ない娘なのです、お絹は。
「お絹も少しは怪しく思いたれど、
さりとて別に
気にもとめざりしようなり。」
真面目な青年なのです、吉次は。
その2、3日後、
お絹の茶屋に現れた吉次は
店の主人に
「女房をもらう気はないかね」と
切り出されても笑顔を作れず
浮かぬ顔でよそを向くばかりです。
陽気な娘なのです、お絹は。
そんな吉次に向かって
「そんならわたしが
押しかけて行こうか、
吉さんいけないかね」。
シャイな青年なのです、吉次は。
その直後、
お絹と茶屋のもう一人の娘・お常と
連れだって夜の海へ行くのですが、
二人へ置き土産として
用意した櫛二つを手渡せず、
二人が毎朝参詣している
神社の賽銭箱の上に置いて
立ち去ります。
呑気な娘なのです、お絹は。
吉次の思いのこもった櫛を、
「あの朝お絹お常の手に入りたるを、
お常は神のお授けと喜び
上等ゆえ外出行きにすると
用箪笥の奥にしまい込み、
お絹は叔母に所望されて与えしなり」。
不運な青年なのです、吉次は。
大陸で病死してしまいます。
彼は友人に貯えた金銭を託し、
お絹に手渡るよう手配します。
こだわりのない娘なのです、お絹は。
そのお金を
「叔父さんわたしは確かに
受け取りました
吉さんへはわたしから
お礼をいいます、
どうかそれで吉さんの後を
立派に弔うてください、
あらためてわたしから
お頼みしますから。」
別れの言葉も言えず、
形見の櫛も手渡せず、
金子も受け取ってもらえず、
かくして吉次の思いは
何ひとつお絹に届かず、
物語は幕を閉じます。
もちろん行動に表せなかった
吉次が悪いといえばそれまでです。
しかし古い時代の男は
元来寡黙であり、それ故孤独なのです。
また吉次の思いに気付かない
お絹が悪いのでもありません。
明るく屈託のない彼女は
新しい時代の女性だったのでしょう。
本作品は
単なる男女のすれ違いではなく、
旧時代の男と新世代の女との
不整合を描いた作品に
思えてなりません。
(2018.10.9)

【青空文庫】
「置土産」(国木田独歩)