檸檬…短編で発表してよかった
「密やかな楽しみ」(梶井基次郎)
(「梶井基次郎全集」)ちくま文庫

2014年秋、
梶井基次郎の代表作「檸檬」を
一挿話とした未完の中編
「瀬山の話」の草稿が見つかり、
研究が進んでいるとの記事を
目にしました。
記事によると、発見された草稿は、
梶井の当初の
創作意図がうかがえる内容であり、
日本近代文学の名作「檸檬」が
誕生するまでの試行錯誤の過程を知る
貴重な資料であることが
分かってきたとのことでした。
実は、名作「檸檬」には、
さらにそのもととなった詩も
存在しています。
「密やかな楽しみ」
一顆(いっか)の檸檬を買い来て、
そを玩(もてあそ)ぶ男あり、(中略)
ひとり 唯独り
我が立つは丸善の洋書棚の前、(中略)
密やかにレモンを探り、
色のよき 本を積み重ね、
その上にレモンをのせて見る。(中略)
奇しきことぞ
丸善の棚に澄むはレモン
企みてその前を去り
ほほえみて それを見ず、
つまり、「密やかな楽しみ」(詩)
→「檸檬」(短編小説)
→「瀬山の話」(中編小説)となる
道筋を、梶井は想定していたと
考えられるのです。
未完の「瀬山の話」の冒頭に
「檸檬」が挿入されています。
結局梶井は、
「瀬山の話」を完成させられず、
素材を整理し、
「檸檬」を単独の短編として
発表したのです。
2編しか詩を遺していない梶井です。
詩人とはいえません。
詩の段階で終わっていれば、
作品も梶井も注目されずに
終わっていたでしょう。
また、もし中編として完成していれば、
想像するに平凡な作品となり、
これもまた
埋もれていたに違いありません。
短編の段階で発表されたからこそ、
名作として現代に
受け継がれてきたのでしょう。
作品の運命を感じます。
梶井基次郎全集に
収録されているのですが、
全集自体はあまりお薦めできません。
梶井独特の
病的な不健康さが漂っています。
やはり梶井基次郎は
「檸檬」のみを味わうべきでしょう。
(2018.10.11)
