「世界武者修行」(押川春浪)①

団金東次、まさに日本人好みの無頼漢。

「世界武者修行」(押川春浪)
(「明治探偵冒険小説集3 押川春浪集」)
 ちくま文庫

富家の御曹司にして無銭無家の
蛮勇快男児・団金東次は、
如意棒片手に
世界武者修行に出る。
彼はその道すがら、
弱きを助け強きを挫く。
彼は米国人に親を殺され
財産を奪われたという
娘と出会い、
その仇討ちのために
大陸へと渡る…。

団金東次(だん・きんとうじ)、
強烈なキャラクターです。
金持ち一家に生まれながら
富や権力を嫌う。
家から貰う学費は
貧乏学生や老人・子どもに恵み、
あえて粗衣粗食に甘んじている。
正義を愛し、
理不尽な行為に対しては
敢然と立ち向かう。
まさに日本人好みの無頼漢。
そんな金東次が
富豪である叔父の
財産の一部を受け取り、
放蕩するでもなし
事業を興すでもなし、
何と世界武者修行の
旅に出るのですから、
面白くないはずがありません。

密航少年を助ける。
心中未遂の夫婦を助ける。
パトロンに死なれた情婦を助ける。
そしてそれぞれに
惜しげもなく金子を渡し、
生活再建の援助までしています。
さらには清国の馬賊集団の
巣窟に単身乗り込み、
人としての道を説き、
解散を約束させます。
単なる腕自慢の豪傑ではなく、
胆力もあり、筋の通った
義侠の人でもあるのです。

ストーリーは他の押川作品同様、
ハチャメチャです。
金東次の当初の計画では
上海から大陸上陸を果たし、
英国、露国、南欧セルヴィア、
北米などで彼の地の武闘家と
拳を交える予定でした。
ところが前述したように
人助けの面を描くのに手一杯で、
闘う相手は常に雑魚ばかり。
このペースで描き続ければ、
ヨーロッパに達するまでに
1000頁を超える
大河ドラマになったはずです。

押川も
収拾がつかなくなったのでしょう、
仇討ちしたいという少女を登場させ、
強引に舞台をアメリカに移します。
少女の敵は何と
地下ボクシングのチャンプ。
それをたった一撃で粉砕し、
あっという間に物語は幕を閉じます。

以前も書きましたが、
現代の尺度で測れば
ナンセンスのそしりは免れません。
しかし、押川こそ
我が国のSF小説・冒険小説の
草分け的存在であり、
後続の作家たちは
意識するしないにかかわらず、
押川の作品の上に
自らの創作基盤を
つくり上げるしかなかったのです。

短い作家生活のほぼすべてを、
少年向け娯楽作品の
執筆に費やした押川春浪
現在の子どもたちには
とても薦めることはできませんが、
少年の心を持ち続けている大人なら
十分に味わえるものと思われます。

※本作品が収録されている
 「明治探偵冒険小説集3押川春浪集」は
 すでに絶版状態です。
 青空文庫にも未収録のため、
 現在作品に接することは
 極めて困難な状況です。

(2018.10.14)

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