押川の執筆歴と日本の歴史を重ね合わせると
「世界武者修行」(押川春浪)
(「明治探偵冒険小説集3押川春浪集」)
ちくま文庫

日本小説史上に
類を見ない強烈なキャラクター
団金東次(だん・きんとうじ)。
海外に出ても何ひとつ
臆するところなく悪に立ち向かう。
どんなに多くの敵が現れても
如意棒一つでねじ伏せる。
どんなに強い敵が現れても
ワンパンチで撃破する。
お金がなくても動じない。
女性が誘惑しても動じない。
筋を曲げずに
正しいことを貫き通す。
作者・押川は彼の姿を借りて
何を訴えようとしていたのか?
実は本作品の至るところに
押川の嘆きが挿入されているのです。
「本邦にあっては
盛んに忠君愛国を唱え、
日本魂を号吼し、洋人を罵り、
耶蘇教を排斥するの徒にして、
足一度海外の地に至れば
その卑屈なる事腐女子の如く、
洋説に媚び、
洋風に諛(へつら)い…(中略)、
帝国日本の面目何処にかある。」
つまり、日本国内にいるときは
立派なことを言っても、
外国の地を踏み入れたとたん、
極度に卑屈になる輩がいるのは
どういうことだ!一言で言うと、
日本男児は国際人として軟弱すぎる、
と憤慨しているのです。
日本人が欧米で卑屈になるのには
理由があります。
当時、日本人は欧米人から
徹底的に蔑まれていたからです。
日本人が船から下りたとたんに
現地米国の子どもから
泥を投げつけられる事案が
頻繁にあったと、
本作品中にも記されています。
それもそのはず。
本作品が発表された
1902年(明治35年)の段階では、
不平等条約が改正されて
いなかったのですから
(1911年関税自主権の完全回復)。
欧米列強にとって
日本などまだまだ極東の
未開国扱いだったのでしょう。
そうした現状に、
押川は怒りをぶつけているのです。
いつか日本が欧米列強と
肩を並べる日が来ることを
押川は夢見ていたのかもしれません。
腕自慢の日本人主人公が
海外の地で悪者を成敗する
「武侠もの」(本作品はその代表格)、
日本海軍の最新鋭艦が
海賊船や諸外国の艦隊を打ち破る
「軍艦もの」(先日取り上げた
「海底軍艦」等)を数多く執筆したのは、
そうした願いの表れなのでしょう。
処女作「海底軍艦」発表が明治33年、
本作品発表が明治35年。
そして明治38年には、
日本艦隊がバルチック艦隊を破り、
日本は日露戦争に勝利します。
これを境に、欧米諸国の
日本に対する見方が
変わったといいます。
押川の執筆歴と
日本の歴史を重ね合わせると、
明治日本の富国強兵政策の流れが
見えてくるようです。
(2018.10.14)

