「蜜柑」(芥川龍之介)③

大人にも、新しい気付きをもたらす

「蜜柑」(芥川龍之介)(絵:げみ)立東舎

イラスト付文学である
「乙女の本棚シリーズ」
紹介するのはこれで4冊目です。
イラストレーターは前回取り上げた
「檸檬」と同じげみ氏。「檸檬」同様、
クライマックスシーンでは
鮮やかなオレンジ色が広がります。

イラストが入ることにより、
当然視覚的な情報が加わります。
それが文学に疎遠な若者を、
文豪たちの作品世界に
引き込む役割を果たしていることは
いうまでもありません。
しかしそれだけではないのです。
文学に精通している大人にも、
新しい気付きをもたらすのではないかと
思うのです。
実は私も本書を読んで、
新しい発見(というよりも
自分の読解の未熟さの気付き)が
ありました。

一つは舞台となっている
二等客車の構造の思い違いです。
私はボックスシートだと
思い込んでいました
(ロングシートを都会で初めて見た
田舎育ちの私は、
昔の客車はすべてボックスシートだと
認識していた)。
本書ではロングシートとして
きちんと描かれています。

「思わずあたりを見まわすと、
 何時の間にか例の小娘が、
 向う側から席を私の隣へ移して、
 頻に窓を開けようとしている。」

実はこの一文の情景が
ずっと腑に落ちなかったのです。
閑散とした車両のボックス席で、
自分の向かいに座っていた娘が
隣に座りなおしたとしたら、
もっと落ち着かない気持ちに
なるのではないかと思っていました
(私だったらドキドキしてしまいます)。
そもそもあたりを見まわさないと
わからないというのも
考えてみればおかしなことでした。

もう一つは色彩効果の
読み取りの浅さです。
書き出しのモノトーンから、
最高点で鮮烈な橙色が現れる
イメージを持っていました。
しかし「或曇った冬の日暮」ですから、
白黒ではなく
くすんだオレンジ色なのです。
それが山場にさしかかると
明瞭な橙黄色へと変化するのです。

書かれてあるテキストから
どんな情景をイメージとして
自分の脳の中で再現するか。
その難しさを思い知らされました。
思い込みや誤解によって
正しく焦点が合わないこともあります。
それまでの経験値や趣味嗜好によって
バイアスがかかることもあります。

一つの作品についての見識を
友人と語り合うなどということが
難しくなっている現代、
文学作品に対する
自分の捉え方の狭量さに
気付かないまま過ごしてしまうことが
多いのではないでしょうか。
イラスト付文学、なかなかいけます。

(2018.10.16)

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