盛遠は芥川自身の心の反映か
「袈裟と盛遠」(芥川龍之介)
(「羅生門・鼻」)新潮文庫
「袈裟と盛遠」(芥川龍之介)
(「芥川龍之介全集2」)ちくま文庫
盛遠と袈裟の二人の男女は
不倫関係にあった。
しかし、盛遠はもはや
袈裟を愛していない。
それどころか凌辱したい、
そのために袈裟の夫を
殺害したいとすら思う。
一方、袈裟は
夫への罪の意識から、
その身代わりとなろうとする…。
激烈な情欲か、歪んだ愛情か。
芥川龍之介の短篇、「袈裟と盛遠」の
二人の独白を何度読み返しても
そのことについて考えてしまいます。
袈裟と盛遠は
三年ぶりに再会してから
肉体関係を持つようになりました。
そのとき袈裟は
すでに人の妻だったのです。
それぞれの場所で、二人は考えます。
盛遠は考える。
自分のもっているものは
愛情ではなく征服心と情欲。
そのため明日袈裟の夫を殺す。
袈裟が愛する夫を殺し、
袈裟をさらに辱めたかった。
自分が袈裟の夫を殺さなければ
袈裟が自分を殺すだろう。
袈裟は考える。
盛遠から自分の醜さを知らされた。
操を破られ、辱められた。
夫を殺す手引きをする
約束をしてしまった。
それは不倫の贖罪のため。
自分が夫の身代りになるため。
万一盛遠が夫を殺さないなら
私が盛遠を殺そう。
盛遠の自己分析と袈裟の他者分析。
両者は深い部分まで
一致しているのです。
しかし、そこから導かれる結論は
「袈裟の夫を殺す」
「夫の身代わりになる」。
わずか十数頁に展開する、
見事なまでの心理描写。
これこそ芥川文学の神髄です。
さて、袈裟と盛遠、
この二人、実在の人物です。
遠藤盛遠は、しばらくぶりで
従妹・袈裟に会います。
袈裟は美しい女性へ
成長していました。
だが、すでに人妻となっていたのです。
激昂した盛遠は
袈裟の叔母に刀を突きつけ、
袈裟を自分へと要求します。
袈裟は悲しい決断を
せざるを得ませんでした。
「夫を殺してくれたら
あなたと一緒になる。」
そして夫の身代わりに…。
本当は不倫などしていなかったのです。
それどころか
何という貞淑な女性なのでしょう。
そうです。芥川は何と、
袈裟御前を文学創作上で
辱めていたのです。
だとすると、
本作品で袈裟を辱めている盛遠は、
芥川自身の屈折した心の反映とも
受け取ることができます。
そして芥川が
本作品で試みた深遠な心理分析は、
作者自身の自己分析の表れとも
考えられるのです。
そんな難しいことを
あれこれ考えなくとも、
この作品は読み手を強く惹きつけます。
男女の色事に関わる作品ですが、
この読み応えのある心理描写は
ぜひ高校生に
読み解いてほしいと思います。
※「羅生門・鼻」収録作品一覧
羅生門
鼻
芋粥
運
袈裟と盛遠
邪宗門
好色
俊寛
※「芥川龍之介全集2」収録作品一覧
或日の大石内蔵助
片恋
女体
黄粱夢
英雄の器
戯作三昧
西郷隆盛
首が落ちた話
袈裟と盛遠
蜘蛛の糸
地獄変
開化の殺人
奉教人の死
るしへる
枯野抄
邪宗門
毛利先生
犬と笛
あの頃の自分の事
開化の良人
(2018.10.17)
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