他の押川作品と異なる本作品の特徴
「魔島の奇跡」(押川春浪)
(「明治探偵冒険小説集3 押川春浪集」)ちくま文庫

アラビアの都に住む
貧乏人の蘭平は、
富豪の邸宅の前で
悪態をついたところ、
家人から呼び止められ、
家の中に案内される。
広間は大饗応の真っ最中であり、
蘭平はそこで招待客とともに
航海王船乗伯爵の
冒険譚を聴くことになった…。
またしても奇想天外な
押川春浪得意の冒険小説ですが、
本作品には原作が存在します。
かの有名なシンドバッドです。
正確にはマルドリュス版
「千夜一夜物語」中の
「船乗りシンドバードの冒険」です。
ただし「翻訳」ではなく、
相当脚色してある「翻案」であるため、
ほとんど押川作品と言って
いいものとなっています。
この船乗伯爵の冒険、
盛りだくさんです。
①長蛇島で眠りこけ、
船に置いて行かれる。
②長蛇島で人食い人種に捉えられるが、
隙を突いて食人王を殺害、
火を放って逃走。
③橄欖国に招聘され、
馬具を制作して大儲け、
橄欖王の娘と結婚する。
④娘の死とともに
墓場に生き埋めにされる。
⑤墓場の中の宝飾品を手に脱出、
船に救助される。
⑥船が魔島の魔山に引き寄せられ大破。
⑦黄銅の弓と矢で魔神像を粉砕、
空飛ぶ船で魔島を脱出。
⑧無人島で生き埋めにされた
美少年と生活、誤って刺殺。
⑨船に忍び込んで無人島を脱出、
見つかって海に放り出される。
⑩巨大な島に漂着、
巨大な銅城に潜入、
隻眼の修行僧の奇妙な儀式と遭遇。
⑪巨大な鳥に運ばれて
金城島の金城山へ。
⑫金城で33人の美女を妻とし、
酒池肉林を繰り広げる。
⑬33人の妻から試練を与えられ、
それを乗り越える。
⑭33人の妻と巨額の富をかかえて
アラビアに帰還、超大富豪となる。
これだけの大冒険が
110頁に収められているのですから
驚きです。
「世界武者修行」の
遅々とした進行具合とは大違いです。
さて、本作品が
他の押川作品と異なるのは、
少年向けに書かれたものでは
ないということです。
船乗伯爵の行動は、
少年向け小説の範疇を超えています。
あまりにも人を
殺しすぎているのです。
生き延びるためとはいえ、
食人王夫妻を殺し(これは正当防衛か)、
生き埋めにされた人々を殺し
(これは強盗殺人)、
美少年を殺し(過失致死)ています。
この点に加え、
美女33人を毎晩とっかえひっかえの
性交渉をしていることが
記されています。
もともとの「アラビアンナイト」が
そうしたものである以上
しかたのない流れなのですが、
正義と道理を愛した
押川らしからぬ作品です。
とはいえ、これも
日本SF黎明期の実験作と考えれば
貴重な存在です。
明治35年、
漱石の「吾輩は猫である」よりも
3年先駆けて発表された
押川の超一級娯楽作品です。
(2018.10.20)

