
誰が犯人?いや、誰が悪人?
「白蠟少年」(横溝正史)
(「仮面劇場」)角川文庫
(「由利・三津木探偵小説集成3」)
柏書房
深川の掘り割りの
水面に浮かんだ、
一見心中死体に見える
一組の男女。
女は十二時間ほど前に
毒殺された形跡があるが、
少年は約一週間前に死亡し、
数時間前、心臓に
短刀を刺されたのだという。
三津木俊助は
奇妙な死体の謎を追う…。
筋書きには盛り込みませんでしたが、
女は年増で醜女、男は美少年、
まったく釣り合いは
とれていないのです。
横溝正史の由利・三津木シリーズの
短篇「白蠟少年」、
横溝の大好きな「美少年」の登場ですが、
本作品ではすでに死体となっていて、
活躍の場はありません(が、
実は死体になってからも動いて
親類の面前に現れるのですが)。
【事件簿18 「白蠟少年」】
〔事件捜査〕
三津木俊助…新日報社記者。
等々力警部…警視庁警部。
〔事件関係者〕
鵜藤鮎三
…十六七の美少年。
心中死体で発見される。
十二歳のとき父親に引き取られる。
緒方もと子
…醜女。二十代半ば。
鮎三の家庭教師だった。
鵜藤俊作
…鮎三の父親。
妾腹である鮎三を可愛がる。故人。
鵜藤邦彦
…鮎三の義兄。
鵜藤美枝子
…鮎三の義姉。
蕗屋弘介
…鮎三の元家庭教師。放逐された。
〔事件の概要〕
①鮎三ともと子の心中死体発見。
・鮎三は死後一週間経過、
その後、胸に短剣を突き刺される。
・もと子は死後八時間ほど。毒殺。
②等々力、美枝子と邦彦から
前夜の事情を聴取。
・鮎三の幽霊が現れたこと、
鮎三の遺体は火葬されていたこと、
蕗屋が姿を見せたこと、が判明。
③等々力・三津木、もと子宅を捜索。
・鮎三からもと子に宛てた手紙発見。
・蕗屋現れ、逃走。
④等々力・三津木、蕗屋を発見。
⑤等々力・三津木、
鵜藤宅で重体となった邦彦発見。
本作品の味わいどころ①
火葬されたはずが心中死体!
美少年は死後、
火葬に付されたはずなのに、
初七日の夜に家族のもとに現れ、
その後、心中死体で発見されるという
経緯をたどります。
家族のもとに現れたのが幽霊なら、
本作品はただのホラーです。
瓜二つの人間が現れたという
トリックでもなさそうです。
となると、誰かが
死体を置いたことになります。
しかもあらかじめ火葬される前に
死体をすり替えたことにもなるのです。
単純な殺人事件ではありません。
鮎三の死体をなぜそのようにしなければ
ならないかという点が
事件の謎であるとともに、
本作品の第一の味わいどころなのです。
じっくり味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
誰が犯人?いや、誰が悪人?
本作品は、いきなり二人の人物の
対話の場面からはじまります。
それも鮎三の死体を前に、
鮎三の遺した手紙をもと子が読み上げ、
嗚咽しながら死体に語りかける、
しかも復讐を誓うという、
何とも妖気に満ちた情景が
展開されているのです。
ところが次の場面では、
そのもと子が死体となっているのです。
復讐鬼と化す緒方もと子の
殺人劇がはじまるのかと思えば、
完全に肩透かしを食らうのです。
さらに読み進めていくと、
一体誰が犯人か、いや、それ以上に
誰が悪人か、
まったくわからなくなるのです。
善と悪が二転三転し、
犯人はおろか事件の全容さえ
見えてこない、この複雑な展開こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなっているのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
香水に隠されたトリックとは
心中死体には、
なぜかヘリオトロープの香水の香りが
きつく漂っていたのです。
そして等々力・三津木が
事情聴取のために訪れた鵜藤邸にも
同じ香水の香り。
その香水は鮎三が
愛用しているものであるとともに、
邦彦・美枝子もまた
常用していたものなのです。
そこに横溝の巧みなトリックが
仕組まれています。
この香水に隠されたトリックこそ、
本作品の第三の
味わいどころとなるのです。
たっぷり味わいましょう。
もう一つ味わいどころを
付け加えるとすれば、
「引き立て役となる等々力警部」
でしょうか。
長編作品では多くの場合、
由利麟太郎と三津木俊助のコンビが
活躍しているのですが、
短篇作品では
三津木単独ものがいくつかあり、
その相棒は警視庁の等々力警部が
務めます(由利・三津木コンビの
事件にも参加するが)。
ところがこの等々力警部、
ワトスン役どころか
ただの引き立て役のことが多いのです。
本作品でも張り込みの最中に
大きなクシャミをし、
容疑者に逃走を許すという
コントのような失態を演じています。

もっともそれは、
スリリングな水上追跡に持ち込むための
作者の設定なのでしょうが、
それにしても…という気が
しないでもありません。
まあ、一介の新聞記者に過ぎない
三津木の推理と捜査を、
警視庁警部の等々力が
足を引っ張るという、
およそ現実離れしたキャラクター設定が
面白いのですが。
昭和十三年発表の本作品、
現代のミステリと比較すると
緩い部分があるのは
致し方ありませんが、
横溝らしい何とも言えない
味わいがあります。
ぜひご賞味ください。
(2018.10.14)
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(2025.3.6)
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