「平安の衣」(O.ヘンリー)

あったのは笑いのツボです。

「平安の衣」(O.ヘンリー/大津栄一郎訳)
(「20世紀アメリカ短篇選(上)」)

 岩波文庫

エリート中のエリートで、
人物にも優れ、
かつお洒落で有名な
ベルチェインバースが
突然失踪した。
足取りは全くつかめない。
ところがある日、
彼の友人二人が、
スイス山中の僧院に
それらしい人物がいるという
情報を掴む…。

前回に続き、
O.ヘンリーの短篇作品です。
これまで当ブログで取り上げた作品は
「ミス・マーサのパン」「最後の一葉」
「賢者の贈りもの」と、
感動のある作品ばかりです。
本作品も、
感動させてもらえるものと思い込み、
読み進めました。
失踪の原因には、
何かとんでもない理由が
あるのだろうと。
そこにまたしても
涙のツボがあるのだろうと。

ベルチェインバースは
ニューヨークで一番の
ベストドレッサー。
特にズボンに関しては完全無欠。
常に皺のないズボンをはき続けるため、
三時間ごとに着替えるくらいに
徹底していたのです。

その彼がスイスの山奥の僧侶として
発見されたときのいでたちは…。
頭は剃髪、身にまとっているものも、
「だらりと足元まで垂れた
粗い茶色の長い衣を、たった一枚、
腰紐一本でくくって」いるだけなのです。

都会のファッションリーダーが、
辺境の地でみすぼらしい
格好をしているのですから、
そこには何か
重大な理由がなければなりません。
女性に手痛く振られたか?
大きな過ちを犯したか?

理由はたった一言で語られます。
「ようやくぼくは
 膝のところが丸い袋にならぬ
 ズボンを見つけ出したわけだよ。」

違いました。
涙のツボではなく、
あったのは笑いのツボです。
O.ヘンリーはユーモアについても
一級の腕前だったのです。

本作はO.ヘンリー晩年の作品。
1900年代初頭です。
日本で言えば夏目漱石が
創作活動を開始したあたりです。
アメリカにはすでにこの時期から
こんなウイットに富んだ
面白い作品が存在していたのです。

明治の文豪たちの中に、
O.ヘンリーのような
愉快な作品を書く人物がいたなら、
日本文学の流れはもっと違ったものに
なっていたのではないかと思うのです。
どうも日本文学は
重いものがもてはやされてきたような
感があります。

さて、本書は13人のアメリカ人作家の
短篇が収められたアンソロジーです。
O.ヘンリーの作品として
本作品が収録されていることを考えると、
アメリカ文学の本質は
「笑い」なのかも知れません。

(2018.10.26)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA