怪談のようで怪談ではない
「万国幽霊怪話 抄」(押川春浪)
(「日本児童文学名作集(上)」)岩波文庫
重い肺病で
明日をも知れない命のペテーは、
ピアノの名手クリスチアナ嬢の
奏でるピアノの音色を
聴くことを望みながら、
ブラシアノ湖畔の
別荘で息絶える。
その後、偶然にも
その別荘を買い取った
クリスチアナ嬢の部屋には、
夜ごと…。
「橙の花束」
以前取り上げた
「海底軍艦」の作者・押川春浪は
明治9年生まれの作家です。
したがってその作品のほとんどは
すでに忘れ去られ、
現在流通しているものは、
アンソロジーに収められた
本作品のみになります。
タイトル通り、
世界各国の怪談を集めた
作品集の抜粋になります。
前書きには、
「亜刺比亜(アラビア)の大砂漠に
女の足跡…土耳古の古墳に
死人の哭声(なきごえ)…
さても本篇に収るところは、
世界各国の幽霊妖怪談!」
とあります。
当時の子どもたちが怖いもの見たさに
本を手に取るようすが想像できます。
冒頭に掲げた「橙の花束」ですが、
ホラーでありながらも、
人情話でもあります。
クリスチアナ嬢は亡きペテーの
願いを叶えるとともに、
幽霊に対して
優しく教え諭すのですから。
ロシアの富豪の娘ウィルナは、
ある日、重い病の床につく。
しまいには名医も
ことごとくさじを投げてしまう。
やむを得なく両親は、
評判の藪医者の診察を許可する。
ところが
藪医者が看病に当たると、
彼女は次第に生気を取り戻す…。
「露国の迷信嬢」
怪談でも何でもありません。
迷信を信じるのはこのように
愚かしいことだという説話ですが、
何となく笑ってしまいます。
シナの国に玉泉和尚といえる
ごく剛毅な坊主がいた。
この和尚がある日、
山賊に襲われ、一刀のもとに
首を切り落とされる。
その首は、ころころと転がる。
バッタリと倒れるかと
思いのほか、和尚の死体は、
突然自らの首を拾い上げ…。
「空中の白刃」
こちらも怪談というよりは
豪傑和尚の英雄譚のような趣です。
セルヴィア国の
首都ベオグラード市の
役人アデスは、
職に就いてから二十年、
一度も官省を休むことのない、
およそ病気を知らない
健全な人間だった。
周囲の人間たちは、
何とかして彼を
一日でも休ませたいと、
ある奸計をめぐらす…。
「属官の気死」
会う人会う人が、彼に向かって
顔色が優れないと声をかける。
そしたらアデスはあっけなく…。
ブラックユーモアともとれる内容です。
続く「滑稽なるぶらんこ先生」
「朧夜の三人」もまた、
怪談というよりは
笑えない笑い話というべきものです。
怪談のようで怪談ではない。
泉鏡花が多くの作品を
発表していた時代ですから、
当時の日本に怪談・ホラーの類いが
定着していなかったわけでは
ないと思います。
これはおそらく子どもに向けた、
押川の配慮というべきものでしょう。
「怪談」という視点で
読んではいけません。
青少年向けの
エンターテインメントとして
捉えるべきでしょう。
ぜひご一読ください。
※本作品全文は、
青空文庫にも収録されていません。
国立国会図書館近代
デジタルライブラリーで
読むことが可能です。
非常に読みにくいのですが。
〔「日本児童文学名作集(上)」〕
イソップ物語(抄) 福沢諭吉
八ッ山羊 呉文聡
不思議の新衣裳 巌本善治
忘れ形見 若松賤子
こがね丸 巌谷小波
三角と四角 巌谷小波
印度の古話 幸田露伴
少年魯敏遜 石井研堂
万国幽霊怪話(抄) 押川春浪
画の悲み 国木田独歩
春坊 竹久夢二
赤い船 小川未明
野薔薇 小川未明
鈴蘭 吉屋信子
ぽっぽのお手帳 鈴木三重吉
デイモンとピシアス 鈴木三重吉
ちんちん小袴 小泉八雲
(2018.10.27)
〔追記〕
と思っていたら、
なんと全文が掲載された本が
新しく出版されました。
その名も「押川春浪幽霊小説集」。
この時代に、
再び押川春浪の新刊本が出るとは
想像だにしていませんでした。
明るい話題の少ない世の中ですが、
希望の光を見出したような
気がしています。大げさですが。
〔「万国幽霊怪話」全篇〕
変幻怪異の発端
イタリア恐怖談 橙の花束
ロンドン劇場の出火
デンマーク城址の住人
ロシアの髑髏奇談
大西洋の人魚奇談
インド洋中 海底の亡魂
スイス山中の水車小屋
ロシアの迷信嬢
ネーブルス湾頭 何者の境墓ぞ
シナ怪談 空中の白刃
フランス 役者の生首
セルヴィア国 属官の気死
奇なる猫塚
ギリシャ美人の逆埋
梢の三尺帯の始末
滑稽なるブランコ往生
米国の鉄道怪談
ベルギーの盲人の怨念
イスパニアの黒装束
ルーマニア怪談 白椿の一輪
逆様の卒塔婆
ブルガリアの怪樹
コンゴー国にて 英国士官の横死
怪殿の悪老婆
オレンジ国の毒蛇
怪の軍艦の影
滑稽怪談 朧夜の三人
悪婦の呪い
山中の乱髪白衣
オーストリアの死人娘
幽霊の対盲人対策
ナムセン河畔 空家の詩人
動物電気の作用
ブルガリアの化粧鏡
ルーマニアの娘の墓
スウェーデン理学士の幽霊奇説
〔押川春浪の作品について〕
押川春浪のコアな世界に入るためには、
まずは「海底軍艦」を読むことを
お薦めします。
「海底軍艦」は
青空文庫で読むことができます。
やや根が張りますが、
ペーパーバック版も登場しています。
電子書籍なら、
いくつか見つかります。
本書に続いて、
「海底軍艦」をはじめとする多くの作品が
紙媒体として復刊することを
期待しています。
〔関連記事:押川春浪作品〕
(2023.9.12)
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