変身願望を暗示している
「チチンデラ ヤパナ」(安部公房)
(「カーブの向こう・ユープケッチャ」)
新潮文庫
![](https://www.xn--u9jxf6af7c4b7e3b2kra6gh4851yok3b.club/wp-content/uploads/2019/04/2018.10.30-2.jpg)
休暇を利用して
新種の昆虫を探しに砂丘へ来た男。
彼が村の老人から
斡旋された一夜の宿は、
女が一人で住む
砂丘の穴の中の一軒家。
そこには風呂もなければ
水もわずかしかなく、
家の中には
絶えず砂が降り続けていた…。
前回の「デンドロカカリヤ」が
植物名なら、
本作品チチンデラ・ヤパナは昆虫名。
Cicindela Japanaという学名で、
ニワハンミョウのことなのです。
「デンドロカカリヤ」では
自分の意志に逆らうように
自らの身体が植物へと
変化してしまいます。
一方、本作品では、
自分の自由意志に気付かぬまま、
男は「ハンミョウ」の罠、いや
砂の穴に陥っているのです。
そうです。本作品は
先日取り上げた安部公房の代表作
「砂の女」の原型的短編小説なのです。
本作品を「砂の女」と読み比べると、
いくつかの相違点が見つかります。
「砂の女」完成までに
本作品から削除・変更された部分が
数カ所あるからです。
彼はその晩、砂掘りを手伝わされ、
翌朝には自分が穴の中に
捕らえられた獲物であることを
悟ります。
彼が昆虫の新種発見に
魅入られている理由について
書かれた部分では、
「いちど登録されてしまえば、
永久に書きかえられることのない、
虫の名前…このうつろいやすい
人生とくらべれば、
なんという確実さであることか!」
砂のイメージについて
回想する場面では、
「砂のことを思いうかべていると、
日頃うっせきしていたものが、
さっぱり洗い流されていくようだ…」
「…できれば自分も、
流動に適したように、
わが身を変形させてしまいたい…」
本作品は、
男が砂の穴に拉致されたことを自覚し、
女を問い詰め、
殴りつける場面で終結しています。
しかし、終末にいたるまでの
ところどころに、
彼自身が心の奥の深い部分で、
実は変身したいという欲望を
抱いていることを暗示しているのです。
「砂の女」では、その後、
男は砂穴の生活に適応し、
定着したようすを示して幕を閉じます。
あたかも本作品で
暗示した部分を削除し、
より大きなテーマへと
昇華させたかのような趣です。
「燃えつきた地図」や
「方舟さくら丸」、「友達」にも
原型が存在します。
そうしたプロトタイプと完成品の
読み比べをするのも
安部作品を読む醍醐味の一つです。
(2018.10.30)
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