｢不条理｣ともいえる満州の荒野
「けものたちは故郷をめざす」
（安部公房）新潮文庫
満州で生まれ、
両親と死に別れた久三は、
侵攻してきたソ連軍将校に
引き取られ、生活していた。
久三は意を決して
満州からの脱出を試みる。
国籍不明の男と出会い
同行するが、
氷雪に閉ざされた
荒野の逃走は困難を極める…。
安部公房といえば、
主人公が不条理な世界へと
抛り込まれる
SF調の作品が多いのですが、
本作品は終戦後の満州を舞台にした、
異質な世界の
全く登場しない長編小説です。
かといって戦争の悲劇を描いた
反戦小説でもありません。
主人公･久三は、
｢不条理｣ともいえる満州の荒野で
辛酸を舐めつくすのです。
はじめは、
満州の凍てついた荒野での
死と隣り合わせの逃避行です。
意図的な列車の転覆事故に遭遇し、
そこで出会った謎の男･高と
行動を共にするのですが、
高は敵か味方か判らない上に、
明らかに足手まといになっています。
続いて、
救出されるべきはずの日本人街で、
彼は無情にも排斥されます。
異国に取り残された同胞に対する、
血も涙もない仕打ちです。
しかも命を救ってやった
高にまで裏切られ、
有り金も通行許可証も
奪われる始末です。
最後は、
何とか乗り込んだ
日本へ渡航する船中での、
理不尽な監禁へと続きます。
そして彼が
日本にたどり着かないまま、
物語は幕を閉じるのです。
おそらく日本に
たどり着けなかったことが
予想されます。
船倉の壁に阻まれながら。
久三は出会う人間の
ことごとくに利用され、
裏切られ続けるのです。
最後まで救われない
彼の苦難の旅に、
読み終えても
後味の悪い思いしか
残りませんでした。
彼の逃避行には
どのような意味があったのかと
考えてしまいます。
冒頭で描かれている
ロシア人将校たちは
みな久三に対して親切です。
彼等と生活していても、
生きる上では
支障がなかったはずです。
しかしそれでも
｢日本｣に帰ることを、
彼の体に流れる血が
欲求していたのでしょう。
日本のどこかに着岸したはずなのに、
船から外へ出ることが叶わない。
それは久三にとって
まさに祖国｢日本｣が
なくなったことを意味しています。
それが満州で生まれ育った
久木にとっての｢敗戦｣なのでしょう。
そしてそれは
満州で青年期を過ごした
安部にとっての
敗戦でもあったのかもしれません。
敗戦後の満州は、
まさに日本から根を断ち切られた
｢異国｣だったのです。
そして久三も｢日本｣とは切り離された、
浮遊の存在に過ぎませんでした。
｢祖国｣とは何か、
｢日本｣と何か、
本作品は鋭く告発しています。
※読み終えて、
安部作品の｢無国籍的傾向｣が
わかるような気がしました。
※本作品は長らく
絶版状態になっていたのですが、
2018年3月付で
改版･表紙デザイン刷新の上、
復刊しています。
喜ばしい限りです。
できれば文庫から消えてしまった
他の作品も復刊されることを
祈りたいと思います。
（2018.10.31）
※安部公房作品の記事です。
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