乱歩の異質な感性が生み出したショート・ホラー
「毒草」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第3巻」)光文社文庫

散歩に出かけた先で「私」は
友人にある植物の話をする。
それはかなり効果のある
堕胎薬として密かに
用いられているものであった。
二人の傍らで何気なく
その話を聞いていたのは
近所の貧しい家庭の妊婦。
数日後、彼女のお腹は…。
本格的な探偵小説や
怪奇趣味的な作品の多い乱歩ですが、
こうしたショート・ホラー的な作品も
ありました。
彼女がこの堕胎薬の話を
聞いたかも知れないという恐怖を
「私」は感じるのです。
「私は、思わぬ女の立聞きに、
そしてその結果の想像に、
すっかりおびやかされていた。」
当時(戦前)は中絶が違法行為であり、
「私」は犯罪を
誘発したのではないかという
思いにとらわれるのです。
「あの女房が不用な一人の命を、
暗から暗へ葬ったとて、
それがどうして罪悪になるのだ。
併し、理窟で、
この身震いがどう止まるものぞ。
私はただ、
恐しい殺人罪でも犯した様に、
無性に怖いのであった。」
心配になってその植物を探しに行くと、
「一本の茎が、
半ばからポッキリ折り取られて、
まるで片腕なくした不具者の様に、
変に淋しい姿をしているのだ。」
その場面での「私」の感覚が
味わいどころでしょう。
「あの四十女が、恐しい決心の為に
頬を引つらせながら、
四つ這いになって折り取っている
有様が私の目に浮んで来る。
それは何という滑稽な、
何という厳粛な光景であったろう。」
「滑稽」と「厳粛」という、
およそ同時には使用されないであろう
二語を用いて描出してあるところが
感覚的に「異様」です。
大正期の乱歩作品は
「D坂の殺人事件」や「心理試験」など、
論理的で明晰な本格的探偵小説が
多かったのですが、このあたり
(本作品発表は大正15年)から、
こうした異質な感性で
表現された作品が登場し始めます。
また、小さなプロットを積み重ね、
大きな恐怖に結びつける
手法も見事です。
単に毒草について
雑談しただけだったのが、
次第に恐怖が積み重なっていく様子は
読んでいて唸らされます。
ただし、当時の時代背景を
把握していなければ、
何が「恐怖」なのか
十分には理解できないでしょう。
現代ではなかなか評価されにくい
作品だと思います。
さて、数日後に出会ったときには…、
彼女のお腹が
「二つに折れはしないかと
思われる程のペチャンコ」に
なっているのを
目の当たりにしたのです。
そしてさらに話は続きます。
読んでお確かめください。
(2018.11.11)

【青空文庫】
「毒草」(江戸川乱歩)