「秋風記」(太宰治)

太宰の空想から生まれた癒やしの女性・K

「秋風記」(太宰治)
(「新樹の言葉」)新潮文庫

小説が書けなくなり、
また死にたくなった「私」。
いつ死んでも
悔いはないと思いつつも、
「私」はKに会いに行く。
Kは私より2つ年上で、
夫と子のある女性である。
「私」はKに
二人きりの旅行を持ちかけると、
Kはうなずく…。

昭和14年発表の、
太宰安定期の作品の一つです。
この時期太宰は
「女生徒」や「葉桜と魔笛」など、
明るい名作を次々と書き上げています。
しかし本作品には、
ほのかにデカダンスの香りが漂います。
死にたくなって
人妻を温泉旅行に誘うなど、
まともではないでしょう。

そしてそれを承諾するKもまた、
翳りのある女性です。
Kは「私と同じ様に、『生れて来なければ
よかった。』と思っている」のですから、
心を病んでいるに違いありません。

大浴場での二人。
「過去も、明日も、語るまい。
 ただ、このひとときを、
 情にみちたひとときを、
 と沈黙のうちに固く誓約して、
 私も、Kも旅に出た。
 家庭の事情を語ってはならぬ。
 身のくるしさを語ってはならぬ。
 明日の恐怖を語ってはならぬ。
 人の思惑を語ってはならぬ。
 きのうの恥を語ってはならぬ。
 ただ、このひととき、
 せめて、このひとときのみ、
 静謐であれ、と念じながら、
 ふたり、ひっそりからだを洗った。」

そして二人のやりとりが絶妙です。
「よい悪事」が話題になったあと、
「ときどき(ここへ)来るの?」
「いいえ。いちど。」
「そのとき遊んだ?」
「遊ばない。」
「今夜は?」
「なあんだ、僕はまた、
 一緒に死ぬのかと思った。」

「よい悪事」を、
情事と捉えたKと心中と捉えた「私」。
甘くもあり苦しくもあります。

自分の恥をとことんさらけ出すような
私小説の多い太宰です。
本作品も私小説ですが、
Kのような女性が太宰の周りに
いたわけではなさそうです。
おそらくKは太宰の空想から生まれた、
太宰の理想とする
癒やしの女性なのでしょう。

筋書きは最後に一転します。
熱海の町を歩く二人。
「K、まじめな話だよ。僕を、――」
「よして!わかっているわよ。」
「K。僕たち、――」
「あ、危い。」

接近してきたバスから「私」をかばい、
Kは大怪我を負います。
二人の心は互いに理解し合うものの、
運命は決してそれを
許しはしませんでした。

表面的には
落ち着いているように見えても、
心はまだ多くの
傷を負っていたことをうかがわせる、
太宰の隠れた名作です。

(2018.11.15)

【青空文庫】
「秋風記」(太宰治)

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