「家族八景」(筒井康隆)

超能力を持ってもただの人間には変わりない

「家族八景」(筒井康隆)新潮文庫

高校を出ですぐに家政婦となった
火田七瀬は人の心を読めるテレパス。
能力を人に知られることを怖れ、
彼女は一つ所に留まらない
この職業を選んだのだった。
彼女の訪れる家庭の住人はみな、
心に穏やかならぬものを
抱えていた…。

NHK少年ドラマシリーズを
知っていますか。
中でも出色の出来だったのが
「七瀬ふたたび」(昭和54年放送)。
多岐川裕美演じる超能力者・七瀬が、
仲間とともに悪の組織と
戦う内容だった気がします。
わくわくしながら観た
記憶だけは残っています。
その同名の原作は
「七瀬三部作」の第2作。
第1作が本作品です。
今回初めて読みましたが、
ドラマ「七瀬ふたたび」とは
印象がまったく異なります。
むしろ市原悦子の「家政婦は見た!」に
近いのではないかと思います。

七瀬が訪れる8つの家庭は
すべて外からは円満に見えるものの、
お互いに憎悪が渦巻く
ドロドロした関係なのです。
家庭の上辺だけの平穏を
お互いに演じ合っている「無風地帯」、
不潔さを共有しながら繋がっている
13人家族を描いた「澱の呪縛」、
若さを追い求めた妻と
若さに裏切られた夫の
すれ違う「青春賛歌」、
退職後に家族から除け者にされた男が
歪んでいく「水蜜桃」、
自分に無関心な夫に対する
妻の怒りが燃えさかる「紅蓮菩薩」、
二組の夫婦がお互いのパートナーと
不倫に陥る「芝生は緑」、
崇高に見えた画家は
実はただの獣だった「日曜画家」、
マザコン息子の母と妻が
凄絶な泥仕合を演じる「亡母渇仰」。

驚くのはエスパー七瀬が
決して正義の味方ではないこと。
「水蜜桃」では
自分に迫ってきた男に
あえて超能力者であることを明かし、
精神的な攻撃を仕掛け、
発狂させます。
「紅蓮菩薩」では
自分の能力を探ろうとする男から
身を守るために
その妻の嫉妬心を煽り、
結果的に自殺へと追い込んでしまいます。
「亡母渇仰」では
嫁に仮死状態にされた姑が
火葬場で焼かれるのを見殺しにします。

そうなのです。
超能力を持っていたとしても
ただの人間に過ぎないのです。
自分の身を挺して
他人を救うほどのことはしないし、
自分の身を守るためには
何でもしてしまうのです。

超能力者=正義の味方
(あるいはその対立軸としての悪)
という図式が、
知らず知らず私たちの意識の中には
定着しているのではないでしょうか。
超能力を持っても
ただの人間には変わりない、という
当たり前のことを見事に描ききった、
筒井康隆の毒の効いた
SF連作短編集です。

(2018.11.17)

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