「ブランコのむこうで」(星新一)②

彼が人生の最後に取り組んだ作品は…

「ブランコのむこうで」(星新一)新潮文庫

「ぼく」の現れた7番目の世界には
年老いた彫刻家が一人。
大きな大理石を与えられた
若い頃の彫刻家は、
そこに理想的な世界を
彫り込む決意をする。
学んだことや
通りすがる人の意見を
取り入れるたび、
彫刻家はすべてを作り直した…。

「ぼく」が巡る夢の世界は
全部で8つ。
そのうち7つを昨日取り上げています。
つまり、一つだけ
紹介していない世界がありました。
それがこの彫刻家の世界です。

彫刻家は、自らの遍歴を
「ぼく」に語り続けます。
理想の世界の彫刻に挫折し、
美しい女性の彫像に失敗し、
天に昇る竜を刻むことにも頓挫し、
自分自身の像の造型にも躓いた一生を。
膨大な量の砂は、
その削りくずなのでした。

彫刻家の刻んだものは、
私達が無意識に追い続ける理想を
具体化したもののようにも思われます。
若い頃には世の中に矛盾を感じ、
あるべき正しい姿の世界の
実現を志します。
社会における自分の位置が
確かなものになると、
美しい女性を伴侶にしたいと
考えるでしょう。
職業人として一人前になれば、
その道を極めたいと
願うのは自然です。
そして年老いてからは
静かに自分の在り方を
振り返るのではないでしょうか。

理想を追い求めながらも、
私たちは現実との
折り合いをつけることで
生きてきたのかも知れません。
彫刻家は、
その折り合いをつけることができず、
理想と現実の隔たりを許すことができず、
歳を重ねてきたのです。

そうした生き方を
「寂しい」と取るか、「美しい」と感じるか。

彫刻家はそれでも、
削られて小さくなった
大理石と向き合います。
彼が人生の最後に取り組んだ作品は…。
ぜひ読んでください。

「みんながみんな
 偉大なことを完成するとは限らない。
 完成できたほうが
 いいにはきまっているが、
 できない人だってあるんだ。
 わたしは失敗に終わってしまった。
 しかし、完成を心にえがきながら、
 ずっと楽しく生きてきたよ。」

8つの夢の世界を巡る本書の中でも、
とりわけこのエピソードが
心に残りました。
人生の折り返し地点を
過ぎてしまった私には、
やや苦い口当たりでありながらも、
確固とした勇気を与えてくれる
かけがえのない一編です。

本書ももしかしたら、
読み手の年齢によって、
受け止め方が異なってくる
作品なのでしょう。
大人のみなさん、いかがですか。

(2018.11.24)

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