「湖畔」(横溝正史)

人生の悲哀を綴った文学作品のよう

「湖畔」(横溝正史)
(「悪魔の家」)角川文庫
(「丹夫人の化粧台」)角川文庫
(「横溝正史ミステリ
   短篇コレクション④」)柏書房

S湖畔で
療養生活をしていた「私」は、
ある老紳士と懇意になる。
いつも古風な洋服に
身を包んでいたその老紳士は、
ある日、宿屋の褞袍を着たまま
湖畔のベンチで死んでいた。
そして老紳士は、
町で起きた強盗事件の
犯人だという…。

町の悪徳業者の家に押し入り、
ピストルを突きつけて現金を強奪した
犯人が老紳士であり、
その老紳士はそのわずか一時間後には
死体となっていた。
奪われた現金は
どこからも見つからない。
湖畔の町に突如として起きた事件は、
まったく手がかりのないまま
一年を迎えます。
そのとき「私」は何を見たか?

〔登場人物〕
「私」

…語り手。結核を患い、
 S湖畔の町で療養生活を送っている。
「老紳士」
…五十を超えた紳士。
 「私」と同じように、結核を患い、
 S湖畔の町で療養生活を送っていた。

本作品の味わいどころ①
不思議な雰囲気を湛えた老紳士

「古風な洋服を、ネクタイの結び目一つ
崩さずに着ている」老紳士は、
なにやら不思議な雰囲気を
湛えています。
療養のために訪れている町で、
「私」と老紳士は
お互いに無聊を慰め合う
関係になっていったのです。

ところがその老紳士は、
「私」と語り合う「愛想のよいとき」と、
会っても一言も発しない
「気むずかしいとき」があるのです。
しかも、「愛想のよいとき」は
右のこめかみに痣が浮かび、
「気むずかしいとき」には
その痣が消えているという
傾向が見られるのです。
その日の気分とともに消長する
痣の秘密とは?
この不思議な「老紳士」の存在こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。

本作品の味わいどころ②
静かに事件を見守る存在の「私」

描かれている登場人物は
「私」と「老紳士」だけであり、
「私」が語り手である以上、
強盗事件の犯人は「老紳士」であることに
間違いないのですが、
そこに一つの謎が潜んでいるのです。
ぜひ読んで確かめてください。

ただし、「私」は
探偵役としてその事件を
解決するわけではありません。
事件関係者からの述懐をただ聞くだけ、
つまり静かに見守るだけなのです。
一年後、その謎が解かれたときも、
「私」は動きません。
やはり静かに見守るだけなのです。
本作品は、謎解きが主ではないのです。
この「老紳士」を
友人として静かに見守る
「私」の奥ゆかしさこそ、本作品の
第二の味わいどころといえるのです。

本作品の味わいどころ③
横溝の療養生活の反映と耽美さ

療養生活で
死と向き合った横溝の作風は、
えもいわれぬ耽美さを獲得しました。
「S湖畔で療養」とくれば、
名作「鬼火」を連想させます。
昭和15年発表の本作品もまた、
「鬼火」のような
耽美的な色彩に満ちています。
死んだはずの老紳士が、一年後、
また湖畔のベンチに腰をかけ、
「私」に静かに経緯を述懐する件は、
幻想的ですらあります。
作品全体に色濃く漂う
その耽美的作風こそ、本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。

ミステリではなく、
人生の悲哀を綴った文学作品を
読んだような感慨を覚えます。
横溝正史の味わい深い戦前の逸品、
いかがでしょうか。

(2018.12.2)

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(2024.7.3)

〔柏書房「横溝正史ミステリ
  短篇コレクション④誘蛾燈」〕

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